2009年12月24日木曜日

習作番外 超限戦 冬至祭 (第一次黒版)

クリスマスうp。
12月25日修正。



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「ベイチーだ!」

「ベイチーだ!」



 ああ、うるせえよ。

 何日も前からさんざっぱら聞かされた単語だ。しかも結局、どんな意味かはさっぱり分からんときてる。
 冗談じゃない。

 児島広之は、ここ数ヶ月ですっかり癖になってしまった溜息を、またひとつ密かに落とした。

 手に持った盃には正体不明の果実酒が注がれているが、まだ乾杯の号がかかっていない以上は飲めもしない。
 目の前の円卓には海の珍味と思しき料理が並んでいるが、これも同じだ。


 どれだけ豪勢な料理屋酒を並べられたところで、こっちがその内容について知らなければ何とも言いようがないのだ。
 高麗族官人の接待で、ばかげた豪華さをほこる中華全席の片鱗を知ってしまった身としては(そのほとんどを口にしていないとしても)、多少珍しい品物が煮炊きされているからといって、心が動くわけでもない。

 だいたい目の前の皿、どれもこれも代用食じゃねえか。
 児島は毒づく。
 南海にも精進料理があると聞くが、目に入ってくる料理の内容と匂いが違いすぎていた。
 
 「娯楽としての食事」という概念をわかってはいるが、見た目より栄養を重視したい児島としては、この現状は耐えられない。眼前に広がる酒池肉林を、彼の鼻が容赦なく否定するのだ。
 ただの焼き豆腐と菜飯で、何を喜んでいるのか、と。



 もっとも、料理にまして耐えられない現状が、彼にはある。



 思い返せば、おそろしく波乱万丈な数ヶ月だった。
 彼にしてみれば、どうしてこうなったのか分からない。少なくともこの夏まで、彼は小さな集落の居民長をやっており、威張ることしかできない目ざわりな高麗人を相手に、倭族としてはかなり恵まれた貧窮生活を送っていた。


 それがどうだ。
 なんだかよくわからないうちに帝國の敵ときめつけられ、
 なんだかよくわからないうちに尽十方無碍光とかいう幻術を覚えさせられ、
 なんだかよくわからないうちに御神と名乗るおっさんの過激派に取りこまれ、
 なんだかよくわからないうちに海賊船ではるか南の島にたどりつき、
 そして今も、なんだかよくわからないうちに席など勧められている。


 何よりわからないのは、そんな自分が重要人物扱いされていることだ。

 今も海賊衆や彼の先触門徒(兄弟子)たちが忙しく給仕しているなかで、児島は言いようのない居心地の悪さを感じながら、またこっそり溜息を落とす。



 いったいなぜ、平々凡々なこの俺が。



 無碍光教の法主と。

 南海七十二島の総島主と。

 往還八幡の輔屋形と。





 顔を突き合わせて、酒を飲まねばならんのだ。





 






 そんな児島の心中を知ってか知らずか、当の“無碍光教の法主”が振りむく。

「どうしたの児島君、さっきから黙りこんで。気分悪い?」

 いいわけねえだろド畜生。
 八重山くんだりまで俺を連れてきやがって、一体どういうつもりだ。

 そう胸の中でどなりつけてから、ここ最近とみに落ちつきのない自分を無言のうちに叱咤し、それからようやく児島は御神に向きなおった。



 御神篤。

 児島を救った恩人であり、武術の師匠であり、盗賊団の頭目であり、狂信者どもの首領であり、そのうえ扶桑でもっとも派手に活動している反帝組織「無碍光教団」の第十一世法主でもある。
 要約すれば、児島の人生をねじまげた張本人だ。


 とはいえ、さすがに児島もいきなり不平はぶつけない。
 なにせ同じ机に顔をならべるチビの総島主や海賊の輔屋形は、基本的に血の気が多い。なお悪いことに、残った御神にさえ勝てる気がしない。
 ここは、高麗人相手に命がけで培った丁寧語の出番だ。

「いえ、こうしてお招きいただいたことはまことに有難いのですが・・・」

 しかし、それすら彼には許されない。



「ずいぶん用心深い御仁だな」



 声が小さい。うえに高い。発音が聞き取りにくい。歌鳥かおまえは。
 そう、児島は苛々にまかせて口走りたかった。

 だが、できなかった。


 小さな正方形の机に、一辺ひとりずつ四人が面している。
 児島を基準として、右辺には法主、左辺には輔屋形。
 もちろん、声の主はどちらでもない。

 正面に座っている、というより腰かけている、いやむしろ乗っかっている、とにかく体格の小ささがもろに印象へと反映された肉食獣が、のびた前髪に覆われて部屋の明かりは届かないはずの両目から、児島を椅子ごと串刺しにせんばかりの勢いで眼光を放っていた。
 性別だけは分かるのが救いだろう。彼女のいかにも南国らしい腰巻と羽織は、体格に比べていささか無理がある胸と腰とくに前者によって、内側から押しあげられ張りつめている。

 せめて怯えた振りだけはしないようにと、全身の筋肉を硬直させた児島は、だがそこで今ひとつの疑問を持たざるを得ない。

 この目の前にいる南海七十二島総島主なるガキが、なぜ自分を呼んだのか、という点だ。


「お前はもう無言同盟の正式な一員だ。臆することはない」

 児島の疑問も知らず、総島主の毛納塔莉は口ぶりだけ楽しそうに続ける。
 だったらまずその目をどうにかしろ。俺を焼き殺したいのか。

 頭のどこかでそうくってかかりつつ、児島はどうにか言葉をひねりだす。

「まだ慣れておりませんで」

 それどころか、無言同盟というものがあることすら今知ったばかりだ。
 自分が彼女やほかの二人とともに着席している理由すらわからないのに、謎は増えてゆくばかりである。



「なあ大刀自さんよう。今の、ひょっとして笑うとこか?」

 ますます思考の深みにはまってゆく児島を引きずりだしたのは、さきほどからにやついていた、左に座る男だった。

 刀自というのは、なにかの集団の女当主に敬意をはらった呼び方だ。そのわりに口調ではまったく敬意を払っていないこの男は、往還八幡という海賊団の輔屋形、つまり二の親方だった。

 彼については、児島もよく知らない。
 ただ南海七十二島とは長年の交流があり、海に生きる仲間の打上(祝祭、めでたい式典)ということで、この「ベイチー」に駆けつけたそうだ。

 で、結局「ベイチー」ってなんなんだ。



「何の話だ、加地」

 総島主は、かなり気分を害したらしい。
 祝いの席で、この男は何をしてくれるのだ。いいぞもっとやれ。

「なんもかんもあるけ? 目は口ほどにものを言い、つう倭族の諺、あんたも聞いたことあるやろ」

「加地くん、君までそんなことを言い出す」

「ええやんええやん。お堅い坊さんは黙っとき」

 一方、あの眼光を保持したまま睨みつけられた加地というらしい輔屋形は、まったく動じていない。ついでに、御神にも動じていない。

 諺が間違っているのはともかく、自分が言いたかったことを全面的に代弁してくれたこの男に、児島は早くも一方的な親近感をおぼえつつ、習慣的な用心深さでそれを振り払っていた。
 ひょっとしてこの海賊も、むかし眼光の被害にあっていたのだろうか。


 さて、いつのまにか加地の方にむいていた顔を正面に戻すと、そこには衝撃的な光景があった。

「いやいやもう遅いから」

 容赦のない加地の寸評にも負けず、総島主のガキは表情をなんとか崩そうと奮闘していた。

 まばたきをくり返し、眉間を揉んだあと親指で鼻の上を軽くたたいて、最後に何度かかぶりを振ったあと、正面に向き直る。

「すまなかった。これでいいか?」

 つまり児島に。



 おい、評価俺かよ。

 意外すぎる展開の連続にあわてた児島は、とっさに御神へ目をそらした。
 失礼だとは思ったが、もうそんなことは言っていられない。ここ五年ほど、女性と目を合わせる機会がまったくなかったのだ。うろたえもする。


 さて、このとき彼が総島主を女性扱いしたということは、彼女の対策に効果があった証明なのだが、本人も児島も気づいていない。

 もちろん総島主がどのような表情をしたのか、われわれに知るすべはない。
 しかしその場に座っていた御神篤は、のちに無碍光御文章とよばれるようになる手記のなかで、

「御刀自殿之御顔 棟梁面縁可憐成娘子之夫辺惣変事為
 此乙女之御侍者 真六ヶ敷御役目成哉

 と、略記法の候文にしてもくだけた調子で綴っている。
 少なくとも、総島主が眼光を消し、柔和あるいはそれ以上の顔つきになったのは間違いないだろう。



 しかし、意外な展開は続く。
 むしろ、まさかの展開といっていい。

 御神が児島から、目をそらしたのである。



「ク、クックック」

 左から押し殺した笑い声が聞こえる。
 これはもうだめだと観念して正面に直ると、総島主のガキは年齢相応な呆れ顔になっていた。

「・・・もういい」

「そうそう、平和が一番」


 この小波乱を引き起こした張本人のはずの加地は、今にもケタケタと笑いだしそうな表情だ。
 何がおかしいのか、御神もただにこやかに笑うばかり。
 当の児島にいたっては、わけがわからず結局また自分の世界に引きこもろうとしている。

 周囲の喧騒も減りつつあるし、そろそろ潮時か。





 突然立ち上がった納塔莉の椅子音に、児島はびっくりして顔を上げた。
 こいつはやることなすこと、前触れがないから困る。

「では、祭主の私から、このたびのベイチーについて、客人がたにいささかの説明を加えたい」

 あいかわらず児島をにらみつけたまま、納塔莉は宣言した。





 ベイチーとは、盃吃と書く。

 これだけではなんのことか分からないが、もともとは外来語にそれらしい字を当てたもので、原義は宴会や集会をあらわしているという。
 そんな一般名詞が固有名詞になったのは、南海七十二島でもっとも重要な集会がなにかと問われたとき、誰でもただひとつの答えを導き出すからに他ならない。



 冬至祭。



 冬至とは、いうまでもなく一年で太陽がもっとも低く、昼がもっとも短い日だ。
 逆に言うと、冬至をすぎればだんだん太陽は高くまで上がってゆくし、昼も少しずつだが長くなってゆく。

 つまり冬至祭とは、一度おとろえ死んだ動植物や太陽神が、また春の訪れとともに復活していくことを祝う祭なのだ。

 これだけでも祝い事には十分だが、さらに続きがある。


 冬至の日は、あたりまえだが年によって変動する。

 だが南海七十二島の大部分、とくに他加禄族や宿霧族などでは、実際の冬至がいつかに関係なく、公暦の十二月二五日に盛大な打上をおこなう。
 彼らに共通する宗教の教祖(救世主)がこの世界に降臨したのが、その日だかららしい。


 海の上では人の行き来も比較的自由だ。少なくとも帝國の移動制限はない。

 特に摩洛族などの交易民族が島々の情報を伝えてゆくにつれ、天文を読んでその年の冬至を決めるよりも効率的とされる“救世主の日”推進派は強くなり、南海七十二島の冬至祭は十二月二五日で統一されていった。


 以上のような経緯から、ベイチーには冬至祭、主祭、聖誕祭、降誕会などの別称がある。

 本来はベイチーよりもさらに規模が大きいパスカ(救世主復活祭)という祭があったのだが、「長命ならともかく、一度死んだのちに人間の肉体と精神が復活するなどありえない」として帝國圏に禁令が出たため、南海七十二島が勢力を取り戻したころにはすたれてしまっていた。





「というわけで、冬至の過ぎこしとともに我ら南海七十二島と無言同盟の結束がいよいよ強まり、また一刻も早く帝國を打倒する鉄槌へと昇華せんことを祈って──」

「あんさ、まだ続くの?」


 せいいっぱい格調高くしてみせた観がぬぐえない納塔莉の演説も終盤にさしかかったところで、また加地が茶々を入れた。

 また例の眼光が彼に刺さるが、ふくれっつらでは迫力もなにもない。
 期せずして、あまり広くない会場に笑いの波が生まれた。


 おうおう顔赤い顔赤い。さすがに怒ったか。
 表情を崩さないように苦労して嗤いながら、それでも場の空気が崩れないことに児島は驚いている。

 いや、単にこの冬至祭とやらに自分が呼ばれた理由をまだわかっていない現実から、逃げているだけかもしれないが。


「まあ、理由はそのうち分かるよ」

 涙目の総島主に顔を向けたまま、ぽつりと御神がつぶやいた。
 それが児島に向けられた言葉と本人が気づくまで、数瞬の時が流れる。


「法主、それはいったい」

「とりあえず、今は料理を楽しもう。僕も昔そうしたから」


 そう、言うだけ言いすてて御神は杯を高く掲げ、もう勢いだけで突き進むことにしたらしい納塔莉の号令に従った。



 つまり、誰よりも声をはりあげて





「恭賀聖誕(メリー・クリスマス)!」





 と、異教の神を讃えたのである。





 
 御刀自(総島主)殿のお顔が、棟梁としての顔から可憐な少女の顔へ、たちまちのうちに変わった。
 このお嬢さんにお仕え申し上げるのは、まことに困難な仕事であることだ。








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 顔見せでした。以上。

2009年10月29日木曜日

習作その8 超限戦 第一章その2(仮)

続きを試験うp。




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 鏢局、という言葉がある。




 倭語ではなじみのない言葉だが、あえて誤解を恐れずに言えば、ちまたで水軍、八幡、悪党、山侍などと呼ばれているものたちの総称だ。
 つけくわえると、主家や親会社のある彼らよりも独立性が高い。
 
 似たようなことをして生計を立てる集団を鏢局とおおざっぱに呼んでいるが、その業務内容もなりたちも、大きく三つにわけられる。

 仕事についていえば、寸断された公共流通のかわりに運送業、その荷を盗賊から守る警備業、そして万が一のときの保険業の三つだ。



 このように、治安の悪化した今では実力行使の場面がとても多くなる職業だが、そうはいっても鏢局は花形産業ではない。

 天朝では、支配階級とは士大夫(知識人)以外にない、という伝統が数千年の長きにわたっていた(また、現在もその風潮が強い)。官吏としての立身出世をめざすなら、武道は無益どころか有害ですらあったのだ。
 日常的に暗殺の危険がせまるほどの高位になれば別だが、実際に武芸をよくする文官は、いつまでも差別される宦官出身者ぐらいのものだった。



 そういうわけで、鏢師たちの前職も限られてくる。





 






「あの、申し訳ありませんが」


 平生にあるまじき蛮勇をしめししつつ、河合は話を遮った。
 そのような無礼なことを、倭族ふぜいが一度でも行えばどうなるかわかってはいた。
 だが、もういつ無礼討ちになってもおかしくない状況だし、なにより驚きを隠せなかったのだ。



 この俗名を馮地瑞というらしい雲水の話は、もともとどこかの村が丸ごと焼けていたというところから始まったはずだ。
 それ自体は珍しくない。彼にとっても官人にとってもだ。
 むしろ、官人と同じ高麗族の地瑞がなぜそんなことを気にするのか、その点を疑問に思うだけだった。


 ところが話題は、彼と隣で眠りこけている馮お嬢さんの身の上話に移る。
 すでに焼けた村となんの関係もない。


 どこかの湖岸の豊かな農村で地主の家に生まれ、大陸本土の名門道場に入門したなどという話を聞き流したが、ここでも驚く所はなかった。
 位の高いものが低いものに自慢話をするのも、またよくある話。僧籍でもなんでもそれは変わらない。
 しいて言えば、倍達国を「南方」と呼ぶのが気にかかったぐらいだ。


 そして実家が飢饉で暴徒に焼き打ちされた、というところまで話を引っ張っておいて、今度は鏢局とやらについての解説である。
 いいかげんにしてほしい。


「ああ、わかっている」


 顔に出たのだろうか。
 雲水はあっさりと、河合が何も言わないうちに答えた。

「鏢局と私たちに何の関係があるのか、と言いたいのだろう?」

「ご無礼を仕りました」

 すぐさま頭を下げて身の安全をもとめる河合に、雲水は簡単なことさ、と力なく笑った。





「わが馮家を襲ったのが、その鏢局なのだ」





 鏢局に三種類の業務と成り立ちがあることは、すでに述べた。
 実は、そのなりたちのうち二種類は、地瑞の話に実例が登場している。


 ひとつめは、馮家そのものだ。
 馮家は親族だけでは手が足りず、近隣から武芸者を集めて、自分たちと取引のある隊商を護衛させている。ここに馮家の一族も参加したりする。
 つまるところ、用心棒集団だ。


 ふたつめは、坤道の推薦から漏れた「門派を名乗ってさえいない連中」だ。
 武術の門派も千差万別、千何百年の歴史をほこる名門道場から武術だけでは食べてゆけない道場まで多様である。そういう貧乏門派は実戦指導もかねて、警備業に携わってゆくことになる。



 そしてみっつめの鏢局は、盗賊団であった。



 鏢局の数が少なかった時代は、中小の盗賊団が山のようにいた。といっても物取り専門ではなく、何もしてくれない天朝にかわって農村の道路や船便を整備するなど、地域に密着していた盗賊が多い。
 治安が悪くなり弱肉強食の世界がせまるに及んで、彼らはより安全に利をえる方法を考え出した。
 つまり、通行料である。


 いくばくかの金を包めば地域を安全に通してやるという、発想は黒社会そのものだった彼らは、いつのまにかそちらの仕事が増え、金をとって荷を守ることが専門になってしまっていた。
 もちろん本分を忘れてはいないが、鏢局も儲けになるので、昨今は通行料をおどしとる程度におさまっている。



 ちなみに、治安がよかったころは、退役した将兵が部隊まるごと鏢局に転身することも多かった。
 若くして徴用された兵士たちは、手に職を持つひまがなく、退役後も働き口を見つけられない。それなら今までどおり、槍働きで稼ごうというわけである。
 だが現在は、将軍たちにかすめとられた将兵の給料は遅配気味、兵糧は現地調達が原則になっている。つまり現役時代から盗賊のようなもので、その自分たちが“本物”の盗賊を討てば同業他社はいなくなるのだ。

 というわけで、この時代には軍人くずれといえば盗賊をさすことが多い。





 さて、馮家を襲ったのは、最後の型だった。

 地瑞がのちに領民から話を聞いたところ、おおむね次のような経過だったという。





 先述のとおり、馮家は一帯の穀物流通をとりしきっていた。
 とはいえ、今は食糧難。帝都に運ぶ分だけでもかなりの量だというのに、隣の集積地までは大河を渡る長旅。となれば、人馬の食料や金銭もかなり持っていかなければならない。
 さらにそれらの貴重品を飢民から守る必要があるとなれば、軍隊の輜重段列がふだんどれだけ苦労しているか分かろうというものだ。
 馮家と食客たちだけで、守りきれる隊列ではない。


 さて、ちょうどそのころ。
 西から薬種を運ぶ隊列の護衛としてやってきた、鉄馬鏢局という一団が馮家に居ついていた。
 
 彼らはあまり言葉も通じないが、先帝の崩御とともにおきた西部の反乱で、洛陽から逃げてきた者たちらしい。難民団をつくって匪賊から身を守っているうちに腕を上げ、逗留先で警備を求められたのが始まりという。
 まだ恐怖で心が凍っているのか鏢師たちは暗い眼をしていたが、千人近くの大人数のうえ誰もが戦慣れして、頼れそうな連中だった。



 ここで、馮家の長老たちは決断する。
 かれら鉄馬鏢局を、穀物の隊列へ参加させたのだ。



 そして、その決断が、馮家を滅亡一歩手前まで追いやることになる。





 顔が醜くひきつれた総鏢頭は「小者が旗を振って、バカどもがついてきただけ」と自嘲していたが、実際のところ戦力はかなり大きい。
 さらに本来警備にあたるべき官軍は、このとき続いていた潭州の暴動に人を割かれていた。官軍も地方軍閥化しており、帝都のメシなど知ったことか、という雰囲気だったこともある。

 そんなわけで、穀物の輸送隊列は鉄馬鏢局が主力になった。



 馮家を出て数日間は彼らも事件を起こさず、むしろ他の武芸者たちから鉄馬の愚直と呼ばれるほど規律正しい鏢師たちだった。
 少なくとも手を出さない限りは、彼らが黙って引き下がっていたのだ。鏢師の間にいさかいが起こることも珍しくない共同警備では、見たことのない光景だった。ただし、下手に打ちかかって足腰が立たなくなった流れの鏢師はいたが。

 とにかく、鉄馬鏢局の実力は確かだった。ときおり飢民団が隊列を狙ってきても、すぐに撃退される。馮家の者たちが出るまでもない。
 鉄馬がいればこの御役目も安泰、そんな空気も流れはじめる。
 信用をなくせば難民集団に逆戻りだからか、鏢師たちも自分からこの評判を落とすようなまねはしない。

 結果、長江南岸に隊列がつく頃には、総鏢頭の李日進が全体の首領格とみなされるようになっていた。





 安易な信頼の報いは、すぐにやってくる。



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ここから主人公にどうつなげようかな。

もうつなげなくていいかな。

2009年9月25日金曜日

習作その7 メモ Wiki風

某所絵茶にかんして。
10月11日修正。



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ネクロネシアシリーズ』は、株式会社パッチガーデンによるファンタジーアニメ作品、及びそれを原作とした水上篤志によるライトノベルシリーズである。



目次





 



[編集] 概要



  • 全3巻。

  • 外伝が1本、全3巻存在する。また、新たな外伝が発表される予定。



注意以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。






[編集] 世界観






近世西アジアをモデルにしたと思われる世界。「帝国」と名乗る超大国のもと、住民たちは家柄や宗教によって決められた人生を送っている。かれらに対抗する力を世界で唯一もっている西の国家群「神聖同盟諸国」は、教会の分裂や国家間のいさかいが原因で団結できない。






帝国は絶対帝政で、マフディー教を国教とし、セルチュク語の話者、とくにタタ人が官職を独占している。この三つの条件を満たさない、たとえばモリスコ人やノマスクチュイ教東方教徒、あるいはパルス語話者といった少数派は、どんな身分であれ公職からシャットアウトされている。






これに対して、神聖同盟はたくさんの小国からなり、各国の大貴族による合議制をとっている。また宗教はおおむねノマスクチュイ教西方教会で、同盟共通語としてリングア・フランカ・アンドロメディアという共通語が定められている。






このように、なにかと正反対の側面をもつ帝国と神聖同盟は、作中でもよく比較されている。ただし、神聖同盟が劇中にメインで登場するのは、外伝「Diggers'n'MySoul」のみである。




[編集] ストーリー






帝国がノーヴァレムーサを占領して二百年近く。ノマスクチュイ教東方教会の全地総主教庁鎮座地として、西方のパパポリスとならぶ権勢を誇っていたこの都市は、いまでは帝国の副都になっていた。






マフディー教の大本山に信者や出店を奪われた全地総主教庁も、すでに堕落しつつある。そうした状況に怒りをおぼえているのは、修道女のウカリィ・ケシュタだけだった。彼女は町はじまって以来の才媛といわれていたが、聖職者が祓魔師としてしか活動できない現状に不満をもっていたのだ。






そんな中、帝国の辺境にあった小島ネワロネが、怪しい光を出したきり沈黙するという事件が起きる。当初は気にも留めていなかった皇帝府だが、これを好機とみて神聖同盟がおくりこんだ騎士団が壊滅すると態度を変え、捨て駒を島へ派遣することになる。






その捨て駒として選ばれたのが、ウカリィとその目付け役魔術師ヒュッレムであった。






ヒュッレムがつれてきた拳闘奴隷フルールのボッコと使い魔オメーラも同行することになり、ネワロネ島への珍道中が始まる。






そこにいるのが、恐るべき魔物とも知らずに……。




[編集] 登場人物




[編集] 主人公



ウカリィ・マリヤ・ケシュタ(声のイメージ。以下同じ:中原麻衣

本作の主人公。ノマスクチュイ教東方教会の尼僧で、教会初の女性輔祭

全地総主教庁はじまって以来の才媛とうたわれるが、マフディー教の帝国ではたいした肩書きにならず、御業使い兼退魔師としてドサ回りの日々を送っていた。しかし突然ノーヴァレムーサに呼び戻され、守備隊と騎士団が消えたネワロネ島の謎を解くため、ヒュッレムやフルール、オメーラとともに総主教の密命を受けて島へ潜入する。

いつも笑顔でいるヒュッレムには冷たい言葉を投げることがよくあるが、これは彼女と反対の意見を出すことで、いちばん世間の常識をもっているフルールに考えさせるため。実際に彼女のおかげで、フルールがヒュッレムの無謀な作戦を修正できている。

東方教会の教えに従い、ローブと僧帽以外は身に着けていない。そのため、裾を乱したり転倒するような行動は極力さけている。戦闘時は、御業を使った後方支援担当。

ヒュッレム・バヤズィトウル・ネワローニー(伊藤静

魔術師。鮮やかな赤髪と黒マントがトレードマーク。

異教徒のウカリィに単独でネワロネ島を調査させることに不安を抱いた帝国政府が、監視役として同行させるよう圧力をかけたことで派遣が決まった。きっぷがよく豪快な性格だが、無謀で思慮に欠けるところがあり、ウカリィに「傲岸不遜と天真爛漫の境界線上で人生を送っている」と評される。

ダルヴィーシュ(清貧衆)としての身分を与えられている。実際にダルヴィーシュの小さなグループでは評定衆の地位をもち、フルールは彼女につけられた使用人だった。

名前は「ネワロネで生まれたバヤズィトの息子であるヒュッレム」という意味。名前からわかるように、ネワロネ島出身。評定衆に入ったので男と見なされるようになり、「息子」を名乗った。

今回の災厄の犯人と、何か因縁があるらしいのだが……。

ボッコのフルール(佐倉綾音

拳闘奴隷。わがままなヒュッレムの下僕として、また劇中ではなにかと主人にかみつきがちなウカリィのなだめ役として、苦労の絶えない日々を送っている。隠れ巨乳。

もともと彼女は帝国の南方で、ノマスクチュイ教徒の家庭に生まれた。しかし足腰がとびぬけて丈夫だったため、女性にもかかわらず帝国軍の異教徒部隊に強制徴用される。戦技は身につけたものの、そもそも体が鍛えられたのは故郷の野山を走り回っていたからで、人を殺す気などなかった彼女は、軍内部でも白眼視され、けっきょくダルヴィーシュに売り払われたのである。

僧院と魔物の巣を往復していたウカリィや修道グループという特殊な環境にいたヒュッレムにくらべて世間を知っているため、扱いの悪さとは裏腹に重宝されている。また、気が弱く控えめに話す割りに、その内容は正鵠を射ていることが多い。

オメーラ(山口勝平

ヒュッレムの使い魔。銀色に輝く正十二面体が、宙に浮いていると考えればわかりやすい。
ふだんはそのままの姿だが、遠くを偵察するときや物をつかむときは、十二面のうちどれかが開いて、中から触手が出てくる。あの主にしてこの使い魔といえる荒っぽい主張と、豪放な性格が魅力(本人談)。

高速で体当たりを行ったり、多数の触手で一瞬のうちに魔族たちの武装解除を行うなど、意外に戦闘能力は高い。



[編集] 帝国



プトレマイア総主教(大塚芳忠

東方教会の五総主教のひとり。洗礼名キリロス・ルカリス。ウカリィの師。

西方教会に強烈な反感をもっていて、東方教会でも有数のタカ派といわれている。西方教会(そして神聖同盟)をたたきつぶすためなら手段を選ばないと評され、また実際に帝国やマフディー教の高官とパイプを構築するなど、高僧にあるまじき非情さをもつ。そのため、悪魔に魂を売ったなどと批判されることも多い。

ただ、なりふり構わない彼の行動は、硬直した東方教会に新風を入れることにもつながっている。女のウカリィに、本来は男性しか取得できない輔祭の資格をさずけたのも、そのひとつとされる。

ソコルル大宰相(菅生隆之

帝国の大宰相。三代前の皇帝から仕える皇帝府の大黒柱。

本名ソコルル・メフメト・パシャ。フルールと同じ異教徒部隊の出身で、そこから近衛兵に抜擢されたことで政治の道を歩む。その後ブタペシュト、ドルゴルーキスク、グラナダなど神聖同盟領の大都市を次々に攻め落とし、名宰相の呼び名を不動のものにした。

現在は軍務よりも内政にはげみ、新しく領土となったハーリディーヤの安定化をめざしている。ハーリディーヤの反政府組織を鎮撫するためなら、ノーヴァレムーサのマフディー筆頭導師とプトレマイア総主教を同時に送りこむ、辣腕の政治家

ネワロネ島にヒュッレムを同行させたのは彼である。

メフメット皇帝(山崎たくみ

帝国第12代皇帝、メフメット3世。本名メフメット・イブン・ムラート・オットマーニー。

無能を絵に描いたような人物。父の代からソコルル大宰相に政務をまかせきりで、自分は後宮で愛人と戯れている。そのため帝国の情報にもうといところがあり、ひそかに侍女の嘲笑を買っている。

サフィエ皇太后(真山亜子

皇太后。西方出身で、本名はソフィア・デ・ヴェネタ。

神聖同盟諸国のひとつヴェネタの貴族。首都ヴェネタから父の領地へ向かう途中に誘拐され、山賊から海賊へ、そして帝国御用達の奴隷商人へと売りまわされて、後宮に入れられた。

息子が皇帝になり、後宮で贅沢な暮らしをしていても、自分が西方人だと思っている。そのため、ヴェネタへなんども帝国の機密を漏らしてきた。ネワロネ島の事件が皇帝府に波を立てたことを知ると、関連する情報をさぐりはじめる。



[編集] 魔界



オーゲットス・エスツェード・ナリー(喜多村英梨

ネワロネ島の大悪魔。高い情報処理能力を有する。

九尾の狐。実家は魔界でも格式の高い妖狐の宗家だが、本人の戦闘能力は高くない。そのため魔力と知力のすべてを情報収集と分析にまわしており、結局バトル担当の部下たちに守られつつ、後ろから命令だけする破目になっている。

指揮官先頭を旨とする悪魔の名族としては致命的な欠点なのだが、本人はこの点を改善する気がまったくないので、代々仕えている悪魔たちに頼ってばかりいる。

スパレリブ・スタイク・ゴード・ミーノータウロス(佐藤聡美

牛女。破壊的な腕力を誇る。

ミノタウロス(牛頭男)と(くだん。人面牛)のハーフ。そのためか、ミノタウロスの凶暴な性格が消え、かわりに件の予言能力が身についた。といっても、かなりよくあたる勘といった認識しかされていない。

腕っ節が強いのに使おうとしない、わがままな主に振り回されて困っている、胸囲が大きい、などフルールと共通点が多く、2人の一騎打ちという場面では、戦わずに彼女と世間話をしていることもある。

“ニャル・ウニド”小林さよこ(野上ゆかな

異国の蛇女。魔法力は魔界でも屈指とされる。

に化ける蛇魔は悪魔のなかでも伝統ある一族で強大な力を持っていることが多く、彼女もその多数派に含まれる。物理攻撃どころかウカリィの御業も、予測できるものならおおむね反射できるという恐ろしい力の持ち主。スパレリブと組めば無敵を誇る。

だが、上記のような実力をもつ強者にもかかわらず、彼女はオーゲットスに絶対の忠誠を誓っている。理由は不明。

イマージン・ノバ・バグベア(江川央生

黒助。西方で有名な悪魔。

魔界でちょうど激化した主導権争いで、妖狐より優勢となったダークエルフ陣営の差し金で送られてきた。ナリーたちに関する情報をできるだけ多く得ることが目的のため、目の利く彼が選ばれた。

だがその能力をオーゲットスに知られ、ネワロネ島では偵察部隊を率いる(おしつけられる)ことが多い。また、低級魔族を組織化して指令を出すなど、個人プレーが多い悪魔のなかでは例外的に集団戦法を得意とする。

監視役ではなくパーティーの一員として市民権を得ているオメーラに、ひそかな嫉妬を覚えているらしい。



[編集] その他



ネワロネ(沢城みゆき

伝説の大魔術師。実在したかどうかは、人によって判断が分かれる。

伝承によれば、まだネワロネ島が別の名前で呼ばれていたほどの大昔に、彼または彼女が一夜にして住民を抹殺し、彼らを生贄にささげて悪魔召喚の儀式を行ったとされる。この伝承と劇中で語られるネワロネ島の事件には共通点が多く、ウカリィは悪魔召喚の可能性を疑っている。

シンクのラスール(小山力也

マフディー教の教祖。ラスールとは「使徒」の意。

約千年前、ジャズイラ地域の都市シンクで貿易商を営んでいた彼は、あるとき全宇宙を支配する唯一絶対の神「シャダイ」に遣わされた天使から啓示を受け、自分より後に現れる偉大な使徒マフディーについて、シャダイの言葉を世に広める使命を負う。彼のような人間を、「神の言葉を預かった者」ということで「預言者」といい、彼は五大預言者の五人目とされる。

当初、彼のグループは多神教を奉じる都市富裕層に迫害されていたが、教えに共鳴した人間が多数にのぼるようになると、聖戦を宣言しシンクを支配下におさめた。世俗領主としても有能であった彼は、その後ジャズイラ地域の都市を次々に攻め落とし、マフディー王国を建国したが、その直後に死亡する。

逸話が多く、特に偶像崇拝を堅く禁じた話が知られるが、天使に呼びかけられたが幻覚と勘違いして家に逃げかえった、上衣の袖で寝ていたを起こせず外出時に袖を切りおとした、金銀財宝をもって誘惑する悪魔に一家団欒を求めて追いかえしたなど、庶民的なエピソードも多い。

ナシラーフのカーサー(坪井智浩

マフディー教に語られる人物で、五大預言者のひとり。ラスールより六百年ほど前に、内海東部で活動したとされる。

マフディー教では、世界創造から数えて四番目の大預言者で、三人の先達が正しかったことを証明するため奇跡の力を神に与えられた男と説明される。彼は世界の終わりに際してはマフディーに先んじて再臨し、悪を滅ぼすマフディーのための準備と補佐をつとめる。

ちなみに、彼の名前を西方共通語で読むと「ナザラのカスク」、ノマスクチュイ教でいう救済者ケースクの俗名となる。このことから、マフディー教徒はノマスクチュイ教徒を「未完の信心」と呼び、ノマスクチュイ教徒だけは奴隷となっても労役に手心が加わるなど、帝国の他の被差別階級とは違う扱いがなされる。

マフディー(長島雄一

マフディー教に語られる人物で、「先導者」の意味。はるか未来、世界が荒廃した末にあらわれ、現世の悪を打ち倒して最後の審判へ人を導くとされる。

ラスールは彼について「私などよりも、この世のすべての預言者よりもはるかに偉大なお方」と語ったといわれ、この他にも盲目的といえる崇拝の記述が聖典に著されている。

聖典によれば、彼は幼いころに幾多の苦難を味わう。だが、それによってみずからの使命を悟ってからは万人の上に立つ資質を身につけ、悪の軍団やその首領に惑わされた愚かな不信心者たちを粉砕するのだという。

このあまりに大きな存在感のため、紛争でありがちな救世主を名乗る反乱軍リーダーは、マフディー教の信者が多い地方ではまだ現れていない。少しでも人間的欠点をさらけ出せば、すぐさま「ダッジャール」とみなされ、聖典に書いてある通りの作法で私刑にあう危険が高いためである。

ダッジャール(三宅健太

マフディー教に語られる人物で、「偽者」の意。世界の終末にあらわれてマフディーを騙り、外道の術で人を惑わす大悪人とされる。

ラスールもこの者については口を極めて罵るだけで、言行をまとめた聖典には具体的な描写がほとんどなく、ただ片目が潰れていて額に焼印が押されていると書かれている。

このため、似た特徴をもつ者が現れると帝国ではつまはじきにされるが、法学者によると片目が潰れているのは「未完の信心」、額に焼印があるのは「知識奴隷」の比喩とされ、ノマスクチュイ教徒の知識階級、すなわち西方教会がマフディーを妨害することを予言しているといわれる。

アクアヴィヴァ総長(中田譲治

ノマスクチュイ教西方教会の巨大修道会「モンマルトルのノマスクチュイ教友会」の総長。本名クラウディオ・アクアヴィヴァ。

その権力は西方では絶大で、すでに教友会を通じていくつかの小国を乗っ取っており、西方教会教皇を動かして騎士団や艦隊を望む場所に送り込むこともできる。

サフィエ皇后からヴェネタ経由で伝えられたネワロネ島の災厄を聞き、神聖同盟の軍事介入をたくらむ。



[編集] 地名・用語




帝国

物語のおもな舞台となる帝国。大陸中央部、ダーラルマフディー地方すべてを支配する。ここ半世紀で遠征を繰り返し、大陸西方にある「西の内海」の東部地帯も併合した。

公文書などには「世界の王の王にして最も偉大なるオットマーンおよびその正統なる後継者の帝国」と記されるが、帝国領内はもとより西方や東方にあっても、ふつう単に帝国といえばこのオットマーンの帝国をさす。西方も東方も、歴史上「皇帝」とよばれるものが立ったことはあったが、今は名乗るものがないためである。

帝都は初代皇帝が即位した町シウス。しかし西方の旧レムーサ帝国を併合してからは、その帝都だったノーヴァレムーサがひきつづき副都の地位をあたえられ、現在の帝国はこちらが政治経済の中心となっている。

帝家の祖オットマーン族長から数えると300年、初代皇帝オルハン戦士帝からでも270年の歴史をもち、安定した政権が大陸中央部の交通を独占しているため、周囲からみても豊かな国である。しかし超大国にふさわしい軍備も整えているため、周辺の国家は「同じ手を出すなら拳より右手」つまり戦争より交易を優先している。

マフディー教の聖地シンクが領内にあり、教祖ラスールの子孫(アシュラーフ)一族は帝家と婚姻関係を結んでいるので、マフディー教は信者が多いだけでなく、もはや帝国の住民にとって生活の一部といえる。

ただし、開祖オットマーンに臣従した「タタ人」でなければ出世は難しく、公用語もマフディー教徒の共通語といえる神聖ヤーリブ語ではなくセルチュク語(俗ヤーリブ語と東方ハン語の混合語)なので、聖地シンクをかかえるジャズイラや五千年の都市文明をほこるハーリディーヤなど南西地域の住民は、帝国の高官を見下しがちである。

ノーヴァレムーサ

帝国の副都。帝都ではないが、現在では皇帝をはじめ、ほとんどの政府官人がここで政務をとる。

もともとは旧レムーサ帝国の帝都。(オットマーンの)帝都シウスよりも圧倒的に発展していたため、レムーサを滅ぼした征服帝メフメットはノーヴァレムーサを副都に定め、政治経済の中心とした。

レムーサの国教だったノマスクチュイ教東方教会の総本山があったので、今でも全地総主教庁はノーヴァレムーサに置かれている。このことから、東方教会は帝国の強い圧力をつねに受けている。

ネワロネ島

内海東北部に浮かぶ小島。物語の舞台。

岩山と評されるほどにやせた土地が特徴。巨石文明の遺跡がある以外は見るべきものもなかったが、二百年ほど前から帝国商船の略奪をねらって西方の騎士団が要塞を築いていた。

百年近く前、騎士団は帝国軍の攻撃によって退去したが、島は急速にさびれる。その後今回の事件が起こるまで、帝国政府で島を気にするものはなかった。

ハーリディーヤ

帝国の東端にある地域。豊かな土地で、隣国パールサとの領土紛争が続いていたが、ここ30年ほどは帝国が支配し、政情も安定してきている。しかしこの地域の治安を確実にするため、ソコルル大宰相はかなり神経を使っている。

外伝「Diggers'n'MySoul」の舞台。

マディーナ・アッサラーム

ハーリディーヤの中心都市。分かっているだけでも、マフディー教の二倍ほどの歴史を誇る古都。巨大な都市だが、それゆえに周囲から貧困層がながれこみ、過激派武装組織が根を張っている。ソコルルはここに筆頭導師をおくりこみ、過激派の威信を失墜させようとした。

外伝「Diggers'n'MySoul」の舞台。

プトレマイア

内海南東部にある都市。西方の英雄が築いたとされ、町並みの美しさが有名。東方教会プトレマイア総主教庁があり、西方との会談でも使われる。

ヴェネタ

神聖同盟の加盟都市。同盟の金庫番としても有名。

小さな港町だったヴェネタは、中世に入り海運海賊に重点をおいた経済で飛躍的に発展した。現在でもその気風は根強く、やっかみと軽蔑をこめて「金勘定謀略にかけては西方一」などといわれる。

パパポリス

神聖同盟の盟主。ノマスクチュイ教西方教会の教皇聖座を有する。

旧ロムラス帝国の帝都。帝国が滅びてからは近辺に教会領と同盟諸国が交錯しているが、政治力ではパパポリスが内海沿岸で随一とされる。モンマルトル教友会など、修道院の本部も多い。

マフディー教

中世シンクの実業家ラスールを教祖とする宗教。大陸中央部で圧倒的な強勢を誇る。

ラスールなど五人の預言者たちが言行によって遺した神の律法を守り、徳と信心を忘れずに生きれば、荒廃する未来にあって絶対唯一神シャダイが遣わすマフディー(救世主)が世界を終わらせる時、永遠の楽園に行けるという。来世利益的な一神教。

大陸中央部の宗教地図はほぼマフディー教一色に染まっており、特に帝国の領土とほぼ一致する中心部は「ダーラルマフディー(マフディーの家)」と呼ばれるほどである。しかし、東のパールサや西のマンスィーヤなど、帝国以外のマフディー教国もある。

ラスールより先に現れたとされる四人の預言者は、ノマスクチュイ教の三大預言者および救済者ケースクと同じ人物をさすことがわかっており、ノマスクチュイ教の影響がうかがえる。

ノマスクチュイ教

大陸西部で支配的な宗教。古代ナザラの宗教家カスクを教祖とする。

マフディーではなくカスク(ケースク)を救済者(ノマスクチュイ。「嘘いつわりのない呼びかけ」の意)に位置づけ、また一定の偶像崇拝を認める点を除けば、マフディー教と似た教義をもつ(実際はマフディー教がノマスクチュイ教に似ている)。

古代ゲミニア帝国がロムラスとレムーサに分裂したとき、教団も東方と西方に分割された。その後西方ではパパポリス聖座、東方ではノーヴァレムーサ全地総主教庁をトップに独自の発展を続けていたが、ノーヴァレムーサ陥落とともに全教団の中心地がパパポリスに移る。

ダルヴィーシュ

マフディー教の異端派。清貧衆とも書かれる。

厳しい自然環境に身をおいて、人の内にある性質を見つめることで、人を創った神の意志を知ろうという托鉢修道僧がまとまり、グループで放浪している。彼らすべてを率いる教団はなく、数十人から百人ほどの小さな旅行団に別れ、それぞれの団長と評定衆(幹部会)が行動を決定する。

アシュラーフ

ラスールの子孫たちの総称。社会的な地位は高く、帝国では帝家との婚姻が許される数少ない家系だが、経済的には困窮している家が多い。昨今では、賤民奴隷上がりの裕福な商人などが、血筋に箔をつけるためだけにアシュラーフと縁組することもある。

ベイ

地域の司令官知事など、地方官の名。あるいは、社会で名誉ある人とみなされた男性への敬称。広域総督はベイレルベイ、特別区知事はサンジャクベイ、軍団長はマムルークベイなど、呼び方にいくつかのバリエーションが存在する。

悪魔

マフディー教およびノマスクチュイ教に登場する、神に反逆する存在。カースクやラスールなど、預言者はたいてい悪魔から試練を与えられる。

また魔術師が異世界から召喚した魔物も、この世界から逸脱している=神に反逆していることから悪魔と呼ばれる。かれらの故郷は、ふつう魔界と呼ばれる。

魔導説

マフディー教およびノマスクチュイ教への疑問。口にしただけで異端とされる。

どちらの宗教でも、神は祈りを聞きとどけるとされる。それなのに、助けを求めて神に祈る人を前にして、なぜ神は何もしないのかという疑問は、以前から提起されていた。そして従来は、悪魔が神の御業を妨害しているから救いが至らないという説が一般的だった。

だが、魔導説では悪魔を「創造主」と位置づけ、そもそもこの世界を創造したのが悪魔だから人類は悪事をくりかえすのだ、と説いた。つまり唯一神を否定したのである。すぐに提唱者は処刑され、記録の抹消によって今ではその名前すら定かでない。

「魔導説」という呼び名は“この世は魔に導かれたという説”という本論をあらわすだけでなく、“魔に導かれて生まれた説”という非難もこめられている。



[編集] 単行本


話替社発行


  • 第1巻:2669年09月

  • 第2巻:2670年08月

  • 第3巻:2671年10月



[編集] パイロット版



  • ネクロネシアと基本的に同一の世界観を持つ。この作品では大魔術師ネワロネの生涯が描かれている。



[編集] Diggers'n'MySoul




  • 本編終了後の世界を描いた外伝。全3巻。



[編集] ストーリー



本編で描かれた「ネワロネ島の怪」から十数年後。

帝国降伏十周年の記念式典にわいていた教皇都市パパポリスで、「怪」と同様の事件が発生する。東方との少ない折衝で耳にはさむ程度だった西方教会はなすすべがなく、またたく間に怪現象は神聖同盟諸国へと広まってゆく。

事態を重くみたアクアヴィヴァ総長は教皇と連絡をとり、教皇に仕える聖騎士を召集する。といっても、相次いで倒れてゆく人々の中に聖騎士も少なからず含まれており、けっきょく生き残りがいることを確認するまでに教皇庁は15か月を消費。その間に、神聖同盟諸国は無政府状態に陥っていた。

いたるところに死が蔓延するなか、唯一惨禍をまぬがれたアルビオン王国に、二人の女性が向かっていた。

彼女たちの名は、“二ツ星”チヌレーノと“狂い咲き“ヒバナ”。共にこの怪現象を止めるべく、三人目のパートナー“外れの墓守”シャーベを迎えに行くためである。



[編集] 登場人物



シャーベ

墓守。本名シャーベ・ル=スコップ。
アルビオン王国の北辺にあるインヴァネスの森で、早世した親から受けついだ集団墓地を管理している。インヴァネスの村人いわく「低地移民」で、名前の由来は先祖が仕えていた領主のスコップを守る役目だったかららしい。

もちろん戦闘はスコップでおこなう。墓守などという仕事を一人でやっていたからか膂力はあり、白兵戦が得意。

チヌレーノ

修道女。姓はない。

口減らしのためパパポリス近郊の教会に捨てられ、付属の孤児院で育ち聖騎士となっていたが、怪現象に遭遇し町でただ一人の生存者となる。その経験を買われ、敵地潜入の役目をおおせつかる。

旅がはじまったころは、田舎者まるだしのシャーベやそもそもどこの誰とも分からないヒバナに不信感を抱いていたが、彼女たちの戦いぶりを見てから徐々に考えを改めてゆく。流れ物の苗刀を使う。

ヒバナ

鉄炮衆を自称する女。

サイガの里、というエスパーニャ王国の寒村から出張。東洋からの移民の子孫で、脇に抱えたり型に担いだりする巨大な銃“イシビヤ”を得物としている。

戦闘時はその大筒を豪快にふりまわして周囲に散弾をあびせるが、そうでないときは豪快に笑って周囲に唾をとばす。機嫌がいいときは、いつも(大筒を担ぐため)異様に筋肉のついた右手で相手の背中をたたくので、チヌレーノは辟易している。



[編集] がんばれ女狐ちゃん




    本編で描かれた「ネワロネ島の怪」につながる前日潭。

    魔界ではすべての源とよばれた大帝ブラフマーが激務で昏倒し、誰かが副帝として政務を処理せねばならなくなった。いわゆる大空位時代の始まりである。

    厄介なことに、副帝の有力候補は二柱あった。

    一柱は、“明星”とよばれる、外様ながら容姿端麗、頭脳明晰、巧言令色ついでに逸物雄渾という誰がみても完璧なルシファー。もう一柱は“破壊神”のあだ名で知られる、強引に魔界を改革してきた譜代の代表格シヴァである。

    さらに、シヴァとならぶ譜代領主で穏健派の“守護神ヴィシュヌがルシファーへ身を寄せ、以前からブラフマーの現状維持政策に不満を持っていた外様の大物“高い城の男ベルゼバブがシヴァの支援を始めたことから、数々の血縁・地縁・法縁によって、魔界は混沌とした状況におちいってしまった。

    そんな中、格式はあるが領地があまりにも辺境すぎて政争と無縁だった妖狐の宗族ナリー家も、一門にうけつがれる高い魔力を目当てに両陣営から誘いがかかる。

    頭領のミケツは悩んだ末、後継者のオーゲットスを武者修行に出してごまかした。家中のごたごたで参戦どころではないと言明したわけだが、当の本人はミケツから、内紛で手柄をたてられる程度の実力をつけるまで帰ってくるなと命じられていた。

    オーゲットスと家臣たちの孤独な戦いが、いま始まる。


[編集] アニメ版




[編集] 『魔法大系ネワロネ島』




[編集] スタッフ



シリーズの原点といえるアニメ版『魔法大系ネワロネ島』だが、発表されたスタッフは関係者を驚かせた。

ぱれっち☆ウィッチ』、『殺したいほど愛してる! The animation』に続き、問題作しか発表しないといわれた株式会社パッチガーデンの三作目という点もさることながら、美奈神NET-ARROWといったパッチガーデンと関係の深い人員から「R」景守渓など別分野で有名なクリエイターまでが一堂に会したことも、その理由だった。

そして、癖の強さでも名高い彼らが破綻なく一本のアニメーションを制作できるのかという危惧もあったが、よくいわれる作画崩壊超展開もなく、完成度の高い作品としてノベライズ・シリーズ化まで実現したのは周知のとおりである。

これによりパッチガーデン、なかでもその主力製作班であるパッチワークスは大手と肩を並べる有名アニメーション会社として、その名声を確かなものにした。





[編集] 外部リンク






 


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私はここで力尽きました。参加者のどなたか、書いて。
つーか、脳内キャストが有名人に偏りすぎててどうしようもなくダメな感。

2009年8月31日月曜日

習作その6 超限戦 第一章その1(仮)

本編を試験うp。




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 東海の北辺に、扶桑群島という島の連なりがある。



 扶桑の民は倭族とよばれ、古くから文明の恩恵にあずかってきた。

 「三国志」によれば、漢朝の時代に天子への拝謁を願い出てから朝貢をつづけ、中華の文化をよく学んでいた。
 東夷の遠いはずれにありながら、何十人もの留学生を送ってきたこともある。

 だが、ひとたび中原が乱れると天領の侵食はなはだしく、あるときは倍達国を略取し、あるときは関外と盟約をむすび、はなはだしくは江北七省を陥とすことすらもあった。


 そのため、今上朝は多くの夷狄のなかでも倭族をとくに警戒した。
 そのかいあって、第七代神宗の御世には、ふたたび扶桑を中華の武威のもとへ服させることができた。

 ところが、このころの倭族は中華の文明に何のありがたみも感じなくなっており、それどころか武力にうったえた天朝へ恨みさえも抱いていた。

 そこで神宗は、近国の倍達に勅を発して、よく諭すよう命じた。
 倍達の民は高麗族とよばれ、古くは扶桑の朝貢使をしたててやり、また新しくは扶桑とともに国を興すなど、彼らと関係のふかいものが多く住んでいたためだ。

 それ以来、扶桑のことは高麗族にきけ、というのが漢人の常識になっている。
 扶桑に入る漢人など、都督府の官人ぐらいのものだった。





 少なくとも、今までは。
 




 






 最初に動いたのは、耳だった。

 無遠慮きわまりない鳴き声。当たり前だ、犬なのだから。
 だが明らかな断末魔ともなれば、遠慮がどうのといっていられない。

 そこで犬の飼い主、河合彰義はとっさに考えた。

 自慢ではないが、草葺の平屋。まだ本土の大飢饉が及んでいない扶桑では、略奪に来るには向かないとすぐわかる家だ。
 気配は二人分。無頼漢にしても、腕はないと見ていい。
 だが、囲炉裏の火を落としてもう長い。枕元の有明行灯(小型の行灯)の光だけを頼りにここを見つけたのなら、それなりの能力はあるのか。

 そんなことを考えて脇の長刀をひきよせ、低く問う。


「夜も遅くに、どなたですか」

 相手が誰だかわからない以上、敬語を使うに越したことはない。
 扉の向こうで、誰かが息をのんだ。
 こちらが起きたのが、そんなに予想外か。悪かったな。

「拙僧たちは旅のものだ。宿場を通りすぎてしまったので、今夜一晩の宿をお願いしたい」

 返ってきたのは、かなり若い男の声だった。
 語尾が震えているのを隠すように、わざと横柄な口調を使っているようだ。それにしても拙僧といいながら、それが宿をたのむ仏教者の態度か。

「このようなあばら屋で、よろしいものでしょうか」

 へりくだりながら、言外に断ってみる。

「これも何かのご縁。どうかお願いしたい」

 無視された。
 なお悪いことに、河合は気づいてしまった。



 こいつの言葉は、中原官話だ。


 
 中原官話は、もちろん中原の方言だ。
 そして、扉の向こうにいるのは仏僧。

 中原の仏教といえば少林寺が通り相場、とうぜん倭族ではなく高麗族だろう。少林派の高麗族とこれ以上の問答を続けても、面倒になるだけだ。
 最近は少林寺も、とまらない治安の悪化で神経過敏になり、最近は舌より腕のまわりが早いという噂がある。とくに扶桑で権勢をふるう高麗族ならなおのこと、下手をすればこんなぼろ屋など、扉を壁ごと蹴倒されかねない。

 あきらめた河合は、寝巻きの帯に刀を腰に差してから懐提灯(折りたたむと上下の蓋が合わさる、円筒状の提灯)へ火を移し、手に掲げて扉を三寸ほど開けた。



 扉の前にいたのは、雲水(旅の仏僧)姿の若い男と娘だった。
 さっきえらそうな口を利いたのは、この雲水らしい。娘のほうは長衣(チャンオッ。高麗服で、女性の上衣)と裳襦(チマチョゴリ。女性用の高麗服)らしき上下もうす汚れ、本人に至ってはかなりやつれた顔だが、袖からのぞく左のこぶしが白くなっている。
 距離的にも精神的にも、かなりの強行軍だったようだ。

「失礼ですが、ご尊名は?」

 かなり警戒しているような口ぶりが効いたのだろう、雲水がはっとした顔になる。

「いや、これは申し訳ない。拙僧は空離、見てのとおり仏門の徒だ。こちらは、ご縁あって帯同させていただいている馮お嬢さん」

 ためらいなく名を口にするあたり、とくに追われている訳でもないようだ。もちろん偽名かもしれないが、そんなことを言っていては話が進まない。

「・・・どうぞ」

 まだ警戒を解いちゃいないぞ、と顔全体で示しつつ、それでも河合は二人を家に招きいれた。



 土間と板の間しかない家を照らしつつ、背後の雲水に聞いてみる。

「お坊さまがたは、歩いていらしたのですか?」

「いや、馬だ」

「では牽いてきましょうか」

「お気遣いありがたいが、すでに近くへ繋いである」

「はあ」

 こいつら最初からいすわる気だったな、河合は腹の中で毒づいた。
 これだから高麗族は嫌いなんだ。あいつらだって同じ蛮族のくくりなのに、中華文明のにない手は自分たちしかいないと思い込んでやがる。



 腹が立った河合は、いざという時のために保管しておいたなけなしの干飯を、空離とかいう雲水ではなく、馮というらしい娘へ先に渡した。
 理由はなくもない。
 どうみても疲れているのは雲水より彼女の方だったし、先ほどから一言も声を発していないのが気になっていたのだ。

 雲水も文句を言わなかったので、河合は安心して、白湯を沸かしにかかった。





 慎みを感じさせつつ、それでもかなりの速度で干飯と野菜の浸しをたいらげたとたん、安心したのか疲れが出たのか、“馮お嬢さん”はその場で寝息をたてはじめた。

 空離が彼女を床に寝かせ、自分の羽織っていた上着をかける。
 河合も、とくに何も言わない。
 彼が使っているたった一枚の毛布はいいかげんすりきれて、客人に使えばむしろ無礼にあたるしろものだった。

 そうでなくとも、倭族が日ごろ使っていたものを彼らが使いたがるのかどうか、河合には自信がない。

 出された座布団が汚れていたといって、見廻りにきた高麗族の官人が里の組頭を無礼打ちにしたのは、あれは去年のことだったろうか。
 被災者扱いされた彼の葬儀では、河合も召集されたものだ。


 そんなことをつらつらと考えていると、馮お嬢さんにつづいて食器をきれいにした空離が、それらを脇にのけてこちらに目を向けていた。

「いかがなされました?」

 視線に気づかれたのが腹立たしいのか、空離は河合をにらむ。

「いや、なんでもない」

「何か、お気に障ることでも?」

「気に障ることならないでもないが・・・いや、この家ではなく、道のりでな」

 そういったきり、黙っている。

 何か話したがっているのだと、河合は見当をつけた。
 ああ言えば、近くで何か変わったことがあったのかとこちらが興味を持つ、そこでしぶしぶ事情を説明するという腹だろう。

 なんとなく不愉快になったが、彼は話を続けることにした。
 里から離れた場所に住んでいれば、いやでも情報に疎くなる。月に一度、知人と会うことになってはいるが、彼が前に来たのは数週間前だ。
 相手が誰でも、情報はほしい。タダでくれるならなおさらだ。


「何か、あったのですか?」

「ああ」

 誘いに乗ると、空離はいきなり声を低くした。
 眠っている馮お嬢さんを起こさないための気遣いばかりではない。あきらかに、そのままの話し方では声が大きくなると予測して押し殺している。

「村が焼けていた。住んでいた者たちが、皆殺しにされたあとでな」

「は?」

「だから。村がひとつ、丸ごと皆殺しにされたのだ」



 なんだ。
 そんなことか。



 一瞬でしらけた河合に気づかぬようすで、空離は自分たちの旅路を事細かに話しはじめた。





 空離は俗名を馮地瑞といい、馮お嬢さんは同郷の親戚だった。

 彼の実家は湖南の農村地帯で、流れ者の子孫にしては破格の土地を持っていた馮一族も、当然のように大地主(たまに官人の御用聞き)として生活している。
 だが、彼らの領地は特に土の質がよい。
 あまりに多い税を課すこともないため、小作人の評判もいい。

 そんな調子なので、近辺の雇われ者や流賊がくりかえし襲ってくる。
 馮家が土地持ちになってすぐのころに、二十年ばかりそういうことが続いたため、世代のひとりにどこかで拳法を学ばせ、その代の護身術とするのが慣わしになっている。
 とはいえ、彼らだけで広大な領地の治安は守れないので、腕に覚えのあるものを近隣から集め、時には襲ってきた資格や龍族などから人員を引き抜いて、馮家につながる隊商を警備させたりしていた。

 ところが、地瑞の代には彼のほかに、もうひとり功夫(肉体的・気功的な素質)に秀でたものが出た。

 それが、馮お嬢さんである。


 馮家警備隊の屯所でもある近くの道観(道教寺院。所によって武術の道場もかねていた)で見てもらった結果、彼らは二人とも中原の道場で武術と気功を学ぶことになった。
 見立てをおこなった坤道(女の道士)も、地元ではひとかどの武芸者として通っていた。だが、彼女は自分よりもはるかに素質のある二人を、洗練された武門のない南方でくさらせるわけにはいかないと考えたのだ。

 南方に、優れた武術がないわけではない。
 鏢局(運送・警備企業。武芸者が学ぶ場でもある)や道場、秘術の数でいえば、むしろ中原より多い。人口密度と貧富の差があるので、荒事も絶えないからだ。
 だが、南方は単に門派が乱立しているというだけで、内容も喧嘩殺法を体系化しただけのようなものが多い。それどころか、門派を名乗ってさえいない連中がかなりいる。
 つまり、地瑞や馮お嬢さんがめざすような、武の道をきわめようとする正統派は、南方では世間に出てこないのだ。

 彼女はすぐに、筆を取った。
 外功(外家功夫。力技)にすぐれ、内功(内家功夫。心気の技)にも成長の余地がある地瑞は、拳法の名門である曹洞宗少林派に。
 内功にすぐれた馮お嬢さんは、気功法の名門であるとともに護身剣術も指南する全真道崋山派に。
 それぞれ、紹介するためだ。

 彼ら二人は無事に入門をとげ、蒙をひらく時期こそ遅かったものの、師ですら目をみはる速さで成長をとげていった。

 そして、それから数年がたったころ。



 時は、今上帝の初年。

 先帝の末期、五帝家すべての血を引くと自称して権力をにぎった、黒衣禁衛の江済世総衛(将軍)はすでに故人となっていたが、彼の後継者によって政治はみだれ、無策のつけは民に押しつけられていた。
 皇帝府はといえば、皇統を一本化しようと宮廷劇に走りまわるばかり。
 さらに水害や干害がつづき、暴動にまで発展しつつあった。

 大規模な暴動は、まず湖南で起きた。
 古くから「熟すれば天下足る」といわれた湖広の土地は、天下を食べさせることはできても地元住民を食べさせることはできなかったのだ。

 つまり、収穫のかなりの部分を帝都に持っていかれたわけである。



 悪いことに、馮家は総督の命で、州の穀物流通をとりしきっていた。





 暴動の数週間後、少林寺で空離と名乗っていた地瑞のもとに、馮家炎上の報が届いた。

 先帝の誅殺から、半年ほどたったころである。

 



=====

ここから主人公にどうつなげようかな。

もうつなげなくていいかな。

2009年8月23日日曜日

習作その5

そろそろ本当に本編どうにかしないとな。




=====




 あれから、その場にあった地図を片っ端から見てました。
 念のために、観光ガイドや都市情報雑誌もあらかた目を通しました。
 信用できないので、社会の教科書や地理の参考書も読みました。

 で、結論。
 最初の地図は間違っていなかった。



 いや、そうなっちゃうんだよ。
 何を見ても、ほかの本と矛盾点のかけらもない記事が並んでる。
 ドッキリだとしたら、相当金がかかってると言うしかない。映画のセットにでも迷いこんだ気分だ。

 たとえば、最後に開いた小学生用の社会教科書。
 見返しのところに、わかりやすい日本地図がある。
 で、白地図に都道府県の境が入ってるんだが。

 青森から鹿児島までしか描いてない。
 しかも表題がこんなの。

「おぼえよう! 三府四十五県」

 ちょっと待てと。

 あわててその地図で府県の数をカウントしてみる。
 俺が習った日本の地理だと、第一級行政区は「一都一道二府四十三県」だったはずだ。



 だが俺の願いもむなしく、確かにその地図には、三府四十五県が書かれていた。





 




 北海道は日本に入らないらしい。東京は都が府になっている。だから、都と道がないわけね。
 三府は東京・京都・大阪。
 そして、四十五県は変則的だった。
 
 基本的なところはほとんど同じだが、こまかいところで県境が変な方向へ分かれている。
 たとえば浜松県と海鳴県が、その代表だ。
 ほかにこうやって分割されている県がふたつあり、こっちも日本領じゃなくなってる沖縄県が抜けたので、つごう四十五県。小学生にしてみればキリのいい数で覚えやすいのかもしれないが、いったん覚えてしまった俺としては迷惑極まりない。

 そうそう、新幹線だけど。
 “ここ”では、中央新幹線が大動脈みたいです。

 中学生用の地理の参考書によれば、明治のえらい人が
「東海道に鉄道をつくったら船便と客のとりあいになって発展しないし、海ぞいだと外国の攻撃に弱いから、線路は山側に敷こう」
 と言ったらしく、それからずっと中央線がメインらしい。
 ここ海鳴や名古屋など、徳川系の町を路線からはずす腹もあったとか。
 山縣のクソジジイ、よけいなことを・・・。

 さて。
 ここまで来て、状況に人為的な理由はまずあるめえ。
 普通に「越境通学だからけっこうかかる」とかしゃべってた客もいたし。
 だいたいJR巻き込んでドッキリかまして誰得って話だよ。

 となると、現状を説明できる言い分はみっつ。



 ・俺は正気で、まわりの世界がデタラメ(異世界転移)
 ・まわりの世界は元々このままで、俺が狂っている(精神異常)
 ・夢
 



 というわけで、俺はこの問題について考えるのをやめました。





 突っ込みを入れる前に、話を聞いてくれ。
 いやだって、俺の頭ではこれぐらいの理屈しか浮かばんかったんよ。
 しかも現状、どれか確かめる方法なんてわからんし。

 たとえば仮に、俺が狂っていたとする。
 イコール自分が狂っているとは自覚できないわけだから、周りが狂ってると決めつけることになる。

 んで、実は本当に俺が正気だったとする。
 でもまわりはみんなデタラメ世界の人間なわけだから、俺の疑問に答えてくれるようなヤツはいないと見ていい。
 むしろ、ここ基準では狂ってるの俺だし。

 最後、実は夢だとする。
 ますますわからなくなるだけだろ。

 てなわけで、どうにしろ俺には確認できないと。

 確かに、俺みたいに正気を保ってる/狂ってる人間が、他にもいるかもしれないとは思ったさ。
 でも周りの人をとっつかまえて質問攻めにしてる人間とか、地図やらなにやらを必死こいて読みこんでるやつは、俺の視界にはいなかった。
 だから、少なくともいま俺の近くにはいない。

 というようなことを考えつつ自分を落ち着かせて、今後の方針を決める。



 原点に戻ろうじゃないか。
 俺が知りたかったのは「ここはどこ」だ。
 まあ満足のいく結果ってわけじゃないが、ともかく駿河湾岸の海鳴にいるのはわかった。大収穫だ。

 じゃ話を進めます。
 俺が次に知りたいことはなにか。

 ・どうやって帰る

 こうなる。
 一応、里帰り中の異常事態だ。家に帰れなきゃ意味がない。
 さっきの地図を見るかぎり、神奈川県は特に異常ないみたいだし。これで故郷が北海道とかだったらパスポートが必要になってるとこだが、まあたぶん実家近辺に変わったところはないはずだ。
 なんせ通信隊がいるだけの、陸の孤島だしね・・・。

 現実逃避なんて言わないでくれ。
 実際それしかやることが思いつかなかったんだから、しょうがないじゃないすか。
 おファンタジアや春秋戦国な世界ならともかく、地名以外はほとんど記憶のなかの世界と同じようなところを異世界とか夢世界と呼ぶのは、さすがに抵抗があるんだ。

 さて、帰省するわけだが。
 ここで問題になってくるのが、例の線路上の障害物。
 ホームがけっこうあわただしくなってるところを見ると、JRもあせっているらしい。
 まだまだ不通は解けない雰囲気だ。

 運転見合わせは結構痛い。
 さっきの路線図を信じれば興津まで五駅ぐらいだが、そんなに歩けばもう夜だ。それこそ実家に連絡レベルになる。
 唯一の鉄道が止まると、まさに立ち往生だ。

 観光ガイドによると、海鳴近辺はバス網が発達しているらしい。
 まあ、政令市なんてたいがい広いんだから、バスぐらいはあって当然だけどさ。
 金はかかるけど、そっちのお世話になろう。



 平日昼間に六分間隔という驚異的なスピードでバスを繰りだしてくる、海鳴交通の高クオリティに驚いていた俺は、あれよあれよという間にバスを乗りついで興津駅へたどりついてしまった。
 疎にして漏さぬバス網、多い便数、連絡対応。
 むかし家の近所を走っていた神奈中バスに見せてやりたい光景だ。一本しかない、しかも乗換駅直通の路線つぶしやがって・・・

 閑話休題。
 とにかく興津駅に、俺は無事到着できた。
 駅のJRロゴが、Jのヒゲを上に伸ばしすぎてURに見える域に達してたけど、もう気にしない。

 まあ、熱海行きの電車が行ったばかりで、二十分ほど待ったのはご愛嬌ということで。



 さて、そんなわけで逗留していた興津の駅中で、俺は本日三度目の衝撃をうけることになる。
 規模的には、これが一番大きかったかもしれない。
 なんせ親戚関係だしな。

 具体的に言えば、駅で携帯をいじっていたときでした。

 うん。携帯もってるんよ俺。
 あまりにパニクっててポケットの中身を忘れてたのと、思い出しても携帯の狭い画面で現在位置をつかむ気になれなかったのとで、下宿からここまで使ってなかったけど、もってるんよ俺。
 携帯は便利だから使うんです。携帯より見やすくてタダのもんが近くにあれば、そっちに流れるのが筋ってもんだ。

 ともかく、俺の娯楽(mp3再生)のためにやっと存在意義が出てきた携帯で、サリエル様のテーマ曲など聞いていたわけです。
 本来は聞く気なかったんだけどね。
 さいしょに携帯で実家にかけたら留守録メッセージが出やがったので、帰宅が一時間ほど遅れますと吹き込んで切ったのだ。そこで実家があることに安心しつつ、気が抜けたんでなんか曲でも聞くか、という方へ思考が動いたと。

 ところで、さすがに無料配信のニュースフラッシュぐらいは、ありがたく受け取っている。
 そこで甲子園平安敗退とか東京為替95円台とか、そんな記事といっしょに、なんでこんなとこにと思える字幕があった。


「『倍照らす』、“故郷”神戸で先行上映

 看護士・水野常子の激動の人生を映画化した『倍照らす』が、地元神戸で先行上映。劇場は大入満員(07月29日 14時00分 朝日新聞)」


 思わず、指が「もっと詳しく」へ動いていた。

 さっきと話が違う。いやまったくその通り。
 ただ、さすがにこういう意味のわからん状況におちいって、こういう意外すぎるところで親戚の名前が出てきたら、同姓同名の可能性さしひいても詳しく聞きたがると思うんだ。

 とくに、ばあちゃんの名前だったりすると。


 携帯代でふっとぶ口座を頭のかたすみで思い浮かべつつ、結局あまり情報がなかったその記事から公式ページへと飛ぶ。
 映画はばあちゃん(?)にスポットを当てているらしく、人物略歴にまる一ページを使っていた。
 つーか、なんでばあちゃん?


「水野常子(1926年4月29日~2006年1月7日)

 商店の娘として1926年に生まれた常子は、2006年に修道女として一生を終えるまで、生涯子をもうけることなく、また生涯故郷の神戸から出ることはなかった──」


 おいこら。
 一行目から聞き捨てならんことを書いてんな。

 ばあちゃんが一九二六年神戸生まれなのは知ってる。
 しかも四月二十九日。いわゆる昭和の日。
 昭和の年号と同い年で、誕生日ごとに近所の家に日の丸があがるので、女学生ごろまではみんなが自分を祝っているのだと勘違いしていたという、豪快な伝説がある人だ。

 しかし問題はそこじゃない。

 同姓同名で生年月日と出身が同じということで、別人の可能性がかぎりなく低くなったのがポイント。
 しかも、経歴が色々違う。俺のばあちゃんは元気いっぱいです。
 きわめつけに「生涯子をもうけることなく」ときたもんだ。





 これはアレか。
 この異世界だか夢世界だかの中じゃ、俺は存在しないってか。
 なんだこのありがち展開。



 そりゃないぜ旦那。
 



 


=====


続いてしまいましたごめんなさい。

また電波が降りてきたのでカッとなってやった。もう反省しない。

2009年8月21日金曜日

習作その4

すみません。やっぱり本編はないんです。




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 いやー、訳がわかりません。
 運転見合わせになったおかげで、いま高架ホームの下の駅舎は結構大変な騒ぎになってるようで。
 ホームまで怒号が聞こえてくるぞ。
 線路内の障害物って、そんな大変なもんなのか。

 まあ、それは考えても仕方ない。
 考えなきゃいけない、もうひとつの疑問がある。



 どこだよ海鳴って。



 図には載ってるけど、そんな名前でこんなでかい駅しらないよ俺。
 つーか、路線図に知らない駅名が多すぎるんですけど。
 駿河湾岸なら知名度ある都市が多いだろうに、ひとつもない。

 「海鳴」の周りは、こんな状況。

 ・藤本
 ・西遠見
 ・遠見
 ・持船城
 ・海鳴
 ・風芽丘
 ・安国
 ・隆宮

 上を西にして並べると、こんな感じ。
 ちなみに、駅名は飛ばしてません。全駅それぞれ隣同士です。
 つまり「線路上に障害物」があったのは、ここからもう少しだったわけだ。こりゃあ惜しいことを・・・じゃなくて。

 どこだよここ。
 豊橋出て少ししてから太平洋見えたんだぞ。電車は乗り間違えちゃいない。
 百歩ゆずってどっかの駅名が変わったとしても、近くには次郎長親分の故郷とか東海道一の漁港とか、いろいろ有名な地名があったはずだろ。

 なのに路線図には初耳の名前ばっかり載ってるし。

 真剣に、訳がわかりません。




 




 と。
 いつまでも時刻表の前でブツブツつぶやいてると、知らない人に引かれるので、そろそろ何か対策を考えなきゃいかん。

 さて、いま俺が知りたいことはなにか。
 こいつは簡単だ。

 ・ここはどこ

 まずは以上。
 何をさておいてもこれだ。金は最悪セブイレのATMから引き出せるし、交通手段の選択は現在地が分かってこそ。
 そもそもどこにいるのか分からなきゃ、実家へも帰りようがない。ゴールは分かっているんだから、スタート地点を確認できれば、どっちへ向かえばいいかわかる。

 では、どうするか。



 方法その一:
 駅員さんに聞く

 明らかに無理だろう。
 下の改札あたりでけっこう騒ぎが激しくなってるし、ホームにも作業服にメットかぶったおっさんたちが上がってきて、難しい顔でおたがいに相談したり、業務用の電話でどっかと話したりしてる。
 たぶん話す暇ないな。
 となると。



 方法その二:
 まわりの人に聞く

 却下。
 改札で文句言ってたら声かけられて、相手の第一声が
「あのすいません、ここはどこでしょう」

 ・・・アホか。
 ただでさえ電車が不通でみんなイラついてるときに、そんな間抜けなことは質問できない。



 方法その三:
 人以外に聞く

 つまり文献にあたるわけですね。
 何も人に聞くだけが場所を知る方法ってわけじゃない。駅の改札には、だいたい近辺をくわしく描いた地図があるもんだ。

 しかも、ここ海鳴は大きな駅ビルがある。
 本屋いっこぐらい入ってるべ。そこで地図帳を立ち読みして、現在位置をつかむのも悪くない。
 ついでに買いそこねてた打海文三の遺作も探してみよう。
 応化戦記、けっきょく未完で終わっちゃったなあ・・・

 っと、いかんいかん。
 とにかく改札前と書店で、現在位置をみることにしよう。
 このデタラメな町がどこにあるのか、それによっては実家へ連絡せにゃならん。親父が今夜いっしょに飲もうとうるさいのだ。それ以外にも、できれば今日の夕方までに帰りたい理由がある。



 と、そう結論して、駅ビルのデパート「アルシェ」にやってきたわけです。

 改札前の地図はどうしたって?
 あんなの部外者の俺が見てもなにも分かりませんよ。
 ほんとに市街の地図しかないんだから。

 まあ、ここが駿府の町っぽいことは分かったけどね。
 鉄道が一本だけってどんな車社会だ。
 

 案内表示にしたがって、カルチャーなんとかのコーナーがあるという5階へ。
 そこの書店で、地図コーナーを店員に訊く。
 案内してもらってお礼を言いつつ、東海地方の地図を立ち読み開始。
 あとは浜松以東を探すだけ・・・


 探すだけ・・・


 だけ・・・


 ・・・


 おかしいな。

 ない。
 東海地方の地図に、駿河湾がない。
 
 浜名湖はあった。
 ジュビロの本拠地もあった。
 新幹線で浜松の次の駅・・・は、名前が大河利家の中の人みたいになってた。
 そこから先は、見たことある地形に見たことない地名のオンパレード。

 そして、

 まさかの(俺の記憶では)大井川以東がぶっつり。
 どういうことだ。中東部は見捨てられたのか。
 などとひとりでブツクサ言ってる俺きめぇ状態になりつつ、浜名湖から大井川までをにらみ続けていたのだが。



 わけのわからないものを、発見してしまった。



 高校は世界史選択だったので、俺はいまいち日本地理を分かってない。
 だが、これだけは言える。





 俺は生まれてから十八年間、



 “浜松県”なんてものは



 見たことも聞いたこともない。





 いやもう、こう見えて泰然自若と腰を抜かしていた俺にしてみれば、どんな悪ふざけって話ですよ。
 最近こういう番組もやらなくなったから、たぶんドッキリ系ではない。
 なら、この地図が狂っているに違いない。

 まあパニクってるなりに、筋道が通ったことを考えたもんだと自賛しながら、俺はラックに地図を戻して、隣の関東道路地図に次の目標をさだめた。

 手に取った。開いた。広域地図ページまでめくりつづけた。
 目に飛び込んできたのが、駿河湾沿岸の道路地図。
 

 表題は「 海 鳴 県 」。


 県庁所在地は海鳴。県域は大井川から箱根まで。
 なぜか、この海鳴県とやらは関東地方に含まれているらしい。頭が混乱しすぎて逆に冴えているから、こういう細かいところにツッコミが入るんだろうな、と自己分析もとい現実逃避。
 左上のはじっこの方に「筑摩県」とかまた訳のわからない県名が載っていたが、なんとなく怖くなったので見ないことにする。

 そして、ここまで地図を見ておいてなんなんだが、俺はようやく気づいた。




 東海道新幹線が、描かれていないことに。



 


=====


続いてしまいましたごめんなさい。

また電波が降りてきたのでカッとなってやった。もう反省しない。

2009年8月20日木曜日

習作その3

ごめんなさい。本編はないんです。




=====




 床に落ちて、目が覚めた。



 頭の方から、みょうに生暖かい風が吹きこんでくる。
 携帯のサブディスプレイの光で目が痛い。

 耳元で打撃音。
 あわてて首だけ左に向けると、そこに置いてある本棚が、俺に向かってゆっくり傾いてきていた。

 ぎゃっ。
 と、悲鳴をあげられたなら、まだいい。
 そのときの俺のセリフは、むりやり文字にすれば

「ずずずずあっぜあ」

 だいたいこんな感じ。
 滑舌がわるいと、上のように緊急時に奇声があがります。気をつけよう。

 さて、慌てて枕の方へ後ずさり、引っ込めるのが遅れた左足の小指に文庫本の角を喰らったりしながらも、なんとか襲いくる本棚から逃げた俺は、その向かい側にあったベッドに目をむけた。
 さっきまで、俺はその上に寝ていたはずなのだ。



 が。



 次の瞬間に逃れたはずの本棚と正面衝突した俺は、さらに次の瞬間には背後の網戸とベランダの安っぽいプラスチック板を突きやぶり、五メートルほど下で待っているはずの駐車場へと頭から落ちていった。

 お隣さんのベランダから降ってくる物干し竿を見て、空中で俺が思ったこと。

 ──地震速報仕事しろ。



 




 という夢を見た。

 目が覚めたらベッドから落ちていた、なんてベタなことはなく、普通に暑苦しくて目が開いた。
 枕元の携帯を開くと、時刻は午前七時一五分。
 やべ、ちと寝坊した。

 とりあえず空気が重いので、エアコンで今月最後の除湿を入れる。
 どうせ二〇分ほどで切るけど、暑いのは苦手ですし。

 廊下の冷蔵庫からとろけるチーズと食パンをとりだし、その上のトースターに入れてタイマーを3分にセット、機会がじいじい唸っている間に部屋へとってかえす。
 さっさと着替えて、二週間は止めたままの洗濯機に汚れ物をほうりこむ。
 それはそれで嫌だが、部屋に放置よりましだ。

 チーズトーストを腹に収め、カーゴパンツに財布、ガマグチ、携帯を突っ込み、エアコンを止めてデイパックをしょって、帽子をひっかけ部屋を出る。
 ついでに扉の暗証番号を変え、さあ出発。

 神奈川の実家まで、九時間ちょっとの道中だ。





 NHKスペシャルの「シルクロード」を見て将来の進路を決めたというと、みんな俺をかわいそうなひと扱いする。
 でも、実際そうなんだからしょうがない。

 というわけで、俺は中央アジア研究では日本トップクラスの(でも総合評価では中の下あたりの)大学に入った。
 関西の。

 遠いです。ええ。
 下宿です。当然。

 まさか里帰りしないわけにもいかない。
 はるか遠く、福島から来ている同回生だっているのだ。
 それに比べれば、東京を通らない分だけ楽ってもんですよ。いやホント。

 さて、俺は車もないし免許もない。
 夜行バスや夜行列車はもう満席、さりとて新幹線で往復する金もない。
 そこで学生の友「青春18きっぷ」だけを買い、東海道線を乗りついで神奈川に帰ることにした。

 もちろん一日仕事。
 九時間ちょっとの道中なのだ。

 幸い、近畿・中京圏には、たよれる新快速というものがある。
 大きな都市の中心駅しか停まらないので、いったん乗りこんでしまえば、乗りつぎのパターンによっては三時間半で豊橋に着いてしまうという、まったくありがたい電車だ。
 今回もうまく新快をつかまえて、昼ごろには名鉄特急をながめつつ豊橋駅のホームを踏むことができた。

 浜松行きの発射時刻をみてから、立ち食いで昼食。カレーうどんで腹を満たす。



 さて、問題はここからだ。



 やったことがある人や、時刻表を見たことがある人は分かると思うのだが、豊橋から熱海までを電車で横断するのはとてもつらい。
 精神的に。

 県内オール鈍行。ここだけで三時間かかります。
 県知事、のぞみ停車とかいいから快速走らせろよ快速。
 もし遠州を横断したい人がいたら、悪いことはいわん、車かバイクを使え。JRには期待しない方がいい。

 さすがに平日は連絡しているらしく、数分おくれて浜松に着いた俺たち乗客を、乗りつぎの興津行きは待っていてくれた。

 ここから一時間半、興津に着くまでやることがない。
 興津に着いたら、また熱海行きに乗りつぎだ。
 日中を電車にゆられつづけていた俺は、迷わず座席で居眠りをきめこんだ。





 だから、異変に気づいたのは、コトが終わった後だった。

 いや、勘弁してください。
 新快は人の出入りが多いから、あれでけっこう疲れるんですよ。
 さらに平日昼間、ガラガラの普通電車、といういい感じに寝やすい環境が俺を待っていたわけで、多少深く眠ってしまったのは許していただきたいですハイ。

 どやどやと、高校時代に聞きなれた音。
 なにかで表面加工された電車の床を、たくさんの靴がたたく音だ。

 抱えたデイパックに乗せていた頭を上げて、周りを見る。

 俺と似たような格好の人たちが、それぞれ何かしゃべりつつ電車を降りていた。どうやら、もう終点の興津に着いたらしい。
 大荷物の人たちは、途中駅で新幹線から乗りかえたんだろう。
 誰もが不機嫌そうに、ときどき語気を荒げたりしている。

「まったく、いったい何んだ」
「たった数駅じゃない」
「しゃーねえ、バスでも使おうぜ」

 好き勝手に言いながら、ホームに出ていく。
 運よく席に座っていた人たちも、残らず出る空気だ。

 なんだ、どうした?

 そんなよくある疑問文が頭に浮かんだ瞬間、耳障りなキーン音とともに駅の放送が入った。

「えー、お客様にご案内申し上げます。
 午後二時三十分ごろ、風芽丘~安国間におきまして、線路内に障害物が発見されました関係で、現在島田~興津間で全面的に運転を見合わせております。
 それに伴い、この電車も当駅止まりとさせていただきます。
 お客様には大変ご迷惑をおかけいたしますことを、深くお詫び申しあげます。
 えー、くりかえしご案内申し上げます・・・」

 全部止まったのか、これは面倒だな。
 つか、今どこなんだ。うまくいけばバスかなんかと乗り換えがきくかも。
 急がんと。

 そんなことを放送を聞きつつ考えていた俺は、あわてて車外へ出ようとする人の列に加わった。



 しかし、現実は残酷である。
 ホームの「運転見合わせ」しか書いていない行先表示板にため息をつき、時刻表とともに掲げられた路線図へ視線をうつしたところで、俺は口をぽかんと開けた。

 県とおなじ名前だったはずの駅。
 新幹線も、ひかりまでは停まるはずの駅。
 そして、太い線でかこまれ、今ここですよと示されている駅。

 そこには、聞いたこともない名が記されていた。



「 う み な り 」



 と。

 


=====


続いたらごめんなさい。

電波が降りてきたのでカッとなってやった。今は反省している。

2009年8月11日火曜日

というわけで

序章完結です。
また今度、目次なども作る予定。

このように。






序章(前編)

序章(後編)

習作その2

とりあえず序章だけは完結させねば。




=====




 教養所へいそぐ騎兵隊がたてる蹄の音を聞きつけたのか、教養所周辺の住民たちがばたばたと家の鎧戸を閉めてゆく。
 どうやら、彼らは騒ぎに参加しなかったようだ。
 暴動に気づきながら止めようともしなかった者どもには、あとで十分な罰が下されるだろう。とはいえそういう騎兵たちも、住民より先に自分たちが罰される可能性を考えなければならない状況にあった。

 教養所の正門は、開け放たれていた。

 教養所は大きく三つの区画にわけられる。
 東から順に、工廠棟、監理教養棟、監房棟だ。
 正門は監理教養棟の真南に位置しているが、その常になく大きな口をあけた正門のすぐ手前になにかが放置されているのを見て、騎兵のひとりが声をあげた。

「どうした」

 隊長が聞く間もあらばこそ、騎兵は腰の大刀をひっつかみ、そのまま脚だけで馬をしずめて飛びおりた。そのまま正門前のなにかに駆け寄る。
 彼は遠慮なく、そのなにかに松明を突きつけた。

 

「!!」

 何人かが、あげそうになった声を喉に押しもどすのが、隊列の先頭にいる隊長にも聞こえた。
 顔をしかめる。
 部下の未熟さゆえではない。松明に照らし出されたものを見たためだ。
 



 死体は頭を手前側にして、あおむけに倒れていた。
 その服装は、兜のうえの頭巾から沓(布でできた軽い靴)まで黒一色。

 間違いなく、教養所を監理していた黒衣禁衛の兵士だ。

 そして彼がどうやって殺されたかはともかく、どうやって死んだかはすぐにわかる。
 刀傷も矢傷も、もちろん弾傷もないのに、体の前面にあちこち打ち身があって、目、耳、鼻、口の頭の七穴が真っ赤に染まり、頭の周りだけにこれでもかと鮮血がぶちまけられていたのでは、間違えようがない。
 彼は何者かにおそろしい勢いで突きとばされ、その時の内力がこもった打撃か着地の衝撃のどちらかで、あえなく生を終えたのだ。
 よほどの武功と内功を兼ねそなえたものが、ここを襲ったに違いない。

「隊長」

 あまりにおぞましい死体に口元をまげた隊長へ、別の騎兵から低い声がとんだ。

「堀の中にも死体があります」

 身軽な徒士に命令して、隊長は第二の死体を確かめさせた。
 こちらも全身真っ黒のいでたちで、頭をこころもち左側にむけ夜空を見あげるかたちで倒れている。外傷はないが顔の七つの穴から血が噴きだしており、体の正面にあちこち小さな内出血があると報告された。

 彼も交戦中に突きとばされ、内力が暴れだして血を噴いたのち、防壁から外の堀へ転落したのだろう。

 ふとそんなことを考えた隊長は、次の瞬間に肌があわだつのを感じた。





 ではなぜ、死体は「頭を手前側にして、あおむけに」倒れているのか?





 人があおむけに倒れたとき、向いていた方角とは逆に頭が落ちる。
 ということは、二人の兵士たちがまだ生きていたころ、彼らは正門近くや防壁の上で教養所の「内側を」向いていたはずだ。
 そして誰かに「外側へ」はじきだされたのだ。

 さらに、襲撃ののち所内に活動が見られないにもかかわらず、正門前の死体は彼らだけだ。
 つまり。

「侵入した形跡がない、というのか?」

 隊長がつぶやく。
 もちろんその可能性もあるが、先ほどから活躍している若い騎兵が口にした可能性もあった。

「そもそも、侵入しなかったのでは、ないでしょうか」

 それは、誰もが考えたくない可能性。
 だからこそ、誰かが反応する。

「どういうことだ」

「敵は分裂主義集団ではなく、ここの囚人どもだったということも、考えられます」

「はっきり言え」

「ですから・・・所内暴動かもしれません」

 若い騎兵が言いにくそうに発した単語に、何人かの騎兵たちから怒気がふくれあがった。
 隊長も、反射的に右手をあげる。

 軽犯罪を犯しただけで社会復帰の見込みがある囚人は、凶悪犯罪者の送られる労働改造所ではなく、双寺のような労働教養所に収監される。
 これは本来つぐなうべき罪の恩赦であり、世間では天朝の慈悲とうけとめられているので、その労教での暴動というのはもはや死刑にされても文句は言えない、よほどの恩知らずしか実行しないことなのだ。

 だが、隊長はそのまま右手を下ろした。
 今は無駄なことで隊の士気を悪くしたくなかったし、もし実際に所内暴動が起きていたとしても、それは今の異常な静けさや二人の兵士の死に様について、何も説明できていない。
 暴動以上のなにかが、必ずある。





 結論からいえば、正しい見立てをしたのは隊長だった。
 
 すでに全員がなんらかの不信感を覚えた状態で、騎兵隊が教養所に足を踏み入れてみると、正門前のさらに上をいく光景が一面に広がっていた。
 兜と帷子を着こんで得物をもったまま、黒ずくめの骸があちこちに散らばっている。
 収容者と禁衛兵との区別なしに、誰もが体の前面になにか巨大なものをぶつけられ、そのまま吹き飛んで絶命していた。

 禁衛将が詰めている監理教養棟は敷地の北辺に建てられており、正門との間には運動場や講堂がある。
 その運動場をはさむ左右の棟と正門両脇の防壁は、禁衛兵の展示場となっていた。気味が悪いほど例外なくだれもが顔から血を噴出しているが、中には頭蓋が割れてしまったものもいるようだ。
 東から駆けもどってきた徒士によると、工廠棟でも似たような光景が、延々と続いていたという。

 惨状は労教の奥にゆけばゆくほどひどくなっている様子だったので、隊長は正門近くに天幕を張ることにした。
 これから到着するだれかと、そしてもちろん自分たちのためだ。

 酸鼻をきわめる現場に、良い知らせが届いたのは少しあとのことだ。

「隊長、生存者です!」

 西の監房棟から走ってきた徒士が、隊長に息を切らしながら伝える。
 隊長と彼の従者は、すぐ西へ馬を向けた。

 どうやら一連のできごとは、監房棟には及んでいなかったらしい。
 生存者には、特に異常もないそうだ。

 ただ、監房棟にいる収容者のうち数人は、運動場にいたところを必死で逃げこみ、命を拾ったものたちだった。
 彼らから事件を聞いて、他の連中も外に出る勇気がなくなったのだろう。

 さらに市街での騒ぎが大きくなり、とどめに騎兵隊がこちらに向かってきたのを察するにおよんで、彼らに残っていたなけなしの理性は溶け去った。
 今では騎兵たちの説得も聞かず、事態の責任を押しつけられるとひとり決めして、監房に立てこもっている収容者が多いという。

 ひととおり説明を聞いた隊長が、大きなため息をつく。

「収容者はあとまわしだ。これだけ恐ろしい光景をつくったものを見たのだから、多少は錯乱していても仕方あるまい。
 それよりも監理教養棟へ向かったものはどうした。この状況だから棟は無事ですまないだろうが、なんであれ報告があってしかるべきだ」

 隊長が徒士に嘆じたそのとき、折よく北の講堂から、監理教養棟へ向かっていた徒士が走ってきた。
 周囲の叱責も聞こえていないらしく、夜の遠目にもわかるほど体を震わせている。
 隊長の姿を認めると彼は膝からくずおれ、体調の前までにじり寄ってきた。そのまま動かない。

「どうした。報告しろ」

 従者がせかす。

「も、申し上げます。
 ええ、監理教養棟の壁一面に、血文字が・・・」

「なんだと!」

 そこまで聞いて、隊長は誰より早く馬にとびのった。頭を北に向ける。
 北へ進むにつれて左にみえる講堂の窓や扉が破られる度合いをたかめ、またその付近にある死体すべてが頭を南にしてあおむけに倒れていることに寒気を覚えつつ、彼は半壊した監理教養棟の南壁を見た。

 道を一本はさんですぐ建てられている講堂に徒士が何人か登り、松明で対壁を照らしている。燈火の色は月光とあいまって、見るものに嫌悪感を与える。

 労教にふさわしい、くすんだ灰色に塗られた監理教養棟の南壁は、塗料の剥げ以上に場ちがいな色で染められていた。
 壁面に刻み込まれたような細い黒赤の墨が、血痕淋漓と全体を覆っていたのである。
 韻も律もない、それどころか漢語ですらないそれは、しかし戦慄を覚えずにはいられない。

 隊長は思わず、声に出して現地語の雄たけびを読み上げていた。



「証文類、いまや門徒に還る。
 好機なれば、奥義にて奸賊を討たん。
 天罰を騙る我を赦したまえ。
 南無尽十方無碍光如来。
   佐原顕真 絶筆」



 赤い満月が、雲間に消えた。




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ともあれ、ここまで。

2009年8月9日日曜日

習作

アドバルーン的な意味で。
製作中の小品「超限戦」序章より。



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 雲間から、赤い満月が出た。

 白い蒸気以外に突き刺さることを許された月光が、細剣のように下界を夜から切りわけつつ地上をめざす。
 しかし、彼らが突き進む先には、いつもの宵禁(夜間外出禁止令)に押しつぶされた異常な静寂ではなく、ざわめきと怒鳴り声に支配された街中があった。

 天井から降りそそぐ赤い光をはねのけるように、橙色の彗星が百数十本、地上を流れてゆく。

 彗星の核は、それぞれ頑丈な手と腕につながっていた。
 左手で松明を持ち、右手で手綱を操る騎兵たちが、すでに鳴り物の音さえちらほらと聞こえる非法の都市をめざして駆けていたのだ。
 彼らの後方には、音もなく騎馬を追う徒士の列がつづく。

 関所をほとんど破る格好で市域へつづく峠を越えたとき、兵たちは絶句した。

 眼下に見えるのは、故府とよばれる都市。名前のとおり千五百年ほどの歴史を持つが、今ではどうということもない、ただの旧市だ。



 しかし、今夜の故府は、なにもかもがいつもと違う。

 




 子刻(午後十一時)以降の外出が禁じられている住民たちが、大挙して外に出ている。
 それだけでなく、あちこちで気勢を上げ、どこから持ち出してきたのか大灯明を先頭に、提灯行列さえ始めるありさまだ。

 反対に、彼らに教養を与えるはずの兵士はまったく姿が見えない。
 城壁のかわりに山や川や池が市域をくぎっているこの都府で、それら市境の警備についている軍団の屯所や浮舟には、門や船橋で篝火が燃えているのみ。
 歩哨や巡卒がかならず持たされる、つまり静止しているはずのない松明は、丘の上から市内のどこを探しても見受けられなかった。

「これは、どういうことでしょう」

 はやる馬をすばやく落ち着かせた、剽悍というべき気を周囲に放っている若い騎兵が、彼らの先頭にいる騎兵へとささやくように話しかけた。
 先頭の騎兵は、すでに無言で町の騒ぎを見守っている。
 馬を彫像のようにとどめたまま、彼は重苦しく唇を動かした。

「はやるな。今のわれわれに分かっていることは、双寺労働教養所から周辺の軍営へ、何者かの襲撃を知らせる光碼(発光通信で使われる略号)が伝えられたことだけだ。
 もっとも、たった半刻(一時間ほど)でこれほどの騒ぎになっているということは、他の部隊はまだ到着していないのだろうが」

 高強度の陶材(セラミックス)で作られた半球体の兜を右手の親指でずり上げ、騎兵は故府の街を見下ろしつづけた。
 留め具がついた前合わせの軍衣は、両の肩口に金糸で三つの星印がぬいとられている。
 連長(徒士をふくめ、二百人ほどの部隊の長)をしめすその印が誰にも見えなくなるまで左手の松明を高く掲げた彼は、これまで規則的に左右へ振っていた視線の振れ幅を大きく広げた。

 思ったとおり、視界の両端で、大きな動きを見つける。

 街の東から駆けてきた騎兵たちにとって、視界の両端とは南北を意味する。
 そして北では市内へ突入しようとして住民に阻まれている軍勢がおり、南ではあろうことか軍営のあるあたりから火がいくつか出ていた。
 快速反応隊としてあるまじき失態だ。これでは門閥の名が泣く。



 小さくため息をついた隊長は、その時。
 もうひとつの異変に、気づいてしまった。





「待て・・・」

「連長」

 号令を発した直後、若い騎兵が困惑の深まった声でまたささやく。彼も気づいたらしい。

「ああ。これは、どういうことだ」

「見当もつきません」

 隊長は無意識のうちに、先の質問者と同じことを口走っていた。

 故府の中心から少し南にはずれた場所に、騒がしい市街のなかで不気味な沈黙をみせる区域がある。

 彼らが出撃してきた、また故府の南北から軍団が市街へ向かおうとしていた理由そのものである、双寺労働教養所。
 一般的な言葉でいえば牢城とか強制収容所ということになるその城館の防壁は、いつもなら明かりもまばらで静かな故府の街のなかで、ぼうっと首飾りのように光る輪をかたちづくっているはずなのだ。

 しかしいま、首飾りは多くの宝石が抜け落ちている。

 状況は、市境警備の軍団とまったく変わらず、厳密にはそれよりひどかった。
 兵士の松明が見えないばかりか、かなりの数の篝火が消えてしまっている。
 さらに、彼の知るかぎり一日中明かりの絶えない工廠棟も、暗闇のなかで異様に静まりかえっていた。



「連を分けるぞ。
 第一旗(連を構成する単位。徒士をふくめ、六十人ほどの部隊)および第二旗は私に続け。これより労教へ突入する。
 第三旗は逢坂関を封鎖して待て。一刻たって戻らなければ、いそぎ大谷通信塔へ早駆けを送り、状況を総督閣下に知らしめよ。
 われわれを援護しようなどと考えるな、なんとしても異変を故府の中へおさえこむのだ。

 叛徒がいかなるものであれ、これだけの騒乱を市の全域にひきおこし、そのうえ労教を沈黙させる力量の持ち主だ。
 蛮族とはいえ油断はならん。ゆけっ」

 無駄と言えるほど小さく、それでいて腹の底に響く隊長の声とともに、分行動を命じられた第三旗は来た道を引き返していった。
 狭いながらも平坦な土地で扇形に広がっていた騎兵と徒士が、山形に姿を変える。

 無言で駆け出した隊長に続きながら、しかし兵たちは胃の腑が徐々に縮んでゆくような不安を感じていた。





 叛徒とは、いったいどこの手勢なのか?
 それに、なぜ双寺労教が沈黙しているのか?
 軽犯罪者の下民ばかり収監される労教を、わざわざ襲う必要がどこにある?


 数々の疑問を頭に浮かべながら、それでもたくみな手綱さばきで、隊列は市境の川を横目に南下していった。中心部は騒乱が大きすぎるので、南方へ迂回してから市内に入ろうというわけだ。
 隊長は労教進入を優先し、騒いでいる住民は二の次にしようと最初から決めている。暴徒を相手にしていては、いつまでたっても目的地にたどり着けない。



 だが、その明晰な頭脳がうまく働くのも、突入の直前までだった。






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 こんな感じです。

復活

というわけで。
「可児の家」あらため「可兒の家 暫定版」登場です。
復活メドがついてきたためですが、肝心のモノカキ再開はいつになることやら。