2009年12月24日木曜日

習作番外 超限戦 冬至祭 (第一次黒版)

クリスマスうp。
12月25日修正。



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「ベイチーだ!」

「ベイチーだ!」



 ああ、うるせえよ。

 何日も前からさんざっぱら聞かされた単語だ。しかも結局、どんな意味かはさっぱり分からんときてる。
 冗談じゃない。

 児島広之は、ここ数ヶ月ですっかり癖になってしまった溜息を、またひとつ密かに落とした。

 手に持った盃には正体不明の果実酒が注がれているが、まだ乾杯の号がかかっていない以上は飲めもしない。
 目の前の円卓には海の珍味と思しき料理が並んでいるが、これも同じだ。


 どれだけ豪勢な料理屋酒を並べられたところで、こっちがその内容について知らなければ何とも言いようがないのだ。
 高麗族官人の接待で、ばかげた豪華さをほこる中華全席の片鱗を知ってしまった身としては(そのほとんどを口にしていないとしても)、多少珍しい品物が煮炊きされているからといって、心が動くわけでもない。

 だいたい目の前の皿、どれもこれも代用食じゃねえか。
 児島は毒づく。
 南海にも精進料理があると聞くが、目に入ってくる料理の内容と匂いが違いすぎていた。
 
 「娯楽としての食事」という概念をわかってはいるが、見た目より栄養を重視したい児島としては、この現状は耐えられない。眼前に広がる酒池肉林を、彼の鼻が容赦なく否定するのだ。
 ただの焼き豆腐と菜飯で、何を喜んでいるのか、と。



 もっとも、料理にまして耐えられない現状が、彼にはある。



 思い返せば、おそろしく波乱万丈な数ヶ月だった。
 彼にしてみれば、どうしてこうなったのか分からない。少なくともこの夏まで、彼は小さな集落の居民長をやっており、威張ることしかできない目ざわりな高麗人を相手に、倭族としてはかなり恵まれた貧窮生活を送っていた。


 それがどうだ。
 なんだかよくわからないうちに帝國の敵ときめつけられ、
 なんだかよくわからないうちに尽十方無碍光とかいう幻術を覚えさせられ、
 なんだかよくわからないうちに御神と名乗るおっさんの過激派に取りこまれ、
 なんだかよくわからないうちに海賊船ではるか南の島にたどりつき、
 そして今も、なんだかよくわからないうちに席など勧められている。


 何よりわからないのは、そんな自分が重要人物扱いされていることだ。

 今も海賊衆や彼の先触門徒(兄弟子)たちが忙しく給仕しているなかで、児島は言いようのない居心地の悪さを感じながら、またこっそり溜息を落とす。



 いったいなぜ、平々凡々なこの俺が。



 無碍光教の法主と。

 南海七十二島の総島主と。

 往還八幡の輔屋形と。





 顔を突き合わせて、酒を飲まねばならんのだ。





 






 そんな児島の心中を知ってか知らずか、当の“無碍光教の法主”が振りむく。

「どうしたの児島君、さっきから黙りこんで。気分悪い?」

 いいわけねえだろド畜生。
 八重山くんだりまで俺を連れてきやがって、一体どういうつもりだ。

 そう胸の中でどなりつけてから、ここ最近とみに落ちつきのない自分を無言のうちに叱咤し、それからようやく児島は御神に向きなおった。



 御神篤。

 児島を救った恩人であり、武術の師匠であり、盗賊団の頭目であり、狂信者どもの首領であり、そのうえ扶桑でもっとも派手に活動している反帝組織「無碍光教団」の第十一世法主でもある。
 要約すれば、児島の人生をねじまげた張本人だ。


 とはいえ、さすがに児島もいきなり不平はぶつけない。
 なにせ同じ机に顔をならべるチビの総島主や海賊の輔屋形は、基本的に血の気が多い。なお悪いことに、残った御神にさえ勝てる気がしない。
 ここは、高麗人相手に命がけで培った丁寧語の出番だ。

「いえ、こうしてお招きいただいたことはまことに有難いのですが・・・」

 しかし、それすら彼には許されない。



「ずいぶん用心深い御仁だな」



 声が小さい。うえに高い。発音が聞き取りにくい。歌鳥かおまえは。
 そう、児島は苛々にまかせて口走りたかった。

 だが、できなかった。


 小さな正方形の机に、一辺ひとりずつ四人が面している。
 児島を基準として、右辺には法主、左辺には輔屋形。
 もちろん、声の主はどちらでもない。

 正面に座っている、というより腰かけている、いやむしろ乗っかっている、とにかく体格の小ささがもろに印象へと反映された肉食獣が、のびた前髪に覆われて部屋の明かりは届かないはずの両目から、児島を椅子ごと串刺しにせんばかりの勢いで眼光を放っていた。
 性別だけは分かるのが救いだろう。彼女のいかにも南国らしい腰巻と羽織は、体格に比べていささか無理がある胸と腰とくに前者によって、内側から押しあげられ張りつめている。

 せめて怯えた振りだけはしないようにと、全身の筋肉を硬直させた児島は、だがそこで今ひとつの疑問を持たざるを得ない。

 この目の前にいる南海七十二島総島主なるガキが、なぜ自分を呼んだのか、という点だ。


「お前はもう無言同盟の正式な一員だ。臆することはない」

 児島の疑問も知らず、総島主の毛納塔莉は口ぶりだけ楽しそうに続ける。
 だったらまずその目をどうにかしろ。俺を焼き殺したいのか。

 頭のどこかでそうくってかかりつつ、児島はどうにか言葉をひねりだす。

「まだ慣れておりませんで」

 それどころか、無言同盟というものがあることすら今知ったばかりだ。
 自分が彼女やほかの二人とともに着席している理由すらわからないのに、謎は増えてゆくばかりである。



「なあ大刀自さんよう。今の、ひょっとして笑うとこか?」

 ますます思考の深みにはまってゆく児島を引きずりだしたのは、さきほどからにやついていた、左に座る男だった。

 刀自というのは、なにかの集団の女当主に敬意をはらった呼び方だ。そのわりに口調ではまったく敬意を払っていないこの男は、往還八幡という海賊団の輔屋形、つまり二の親方だった。

 彼については、児島もよく知らない。
 ただ南海七十二島とは長年の交流があり、海に生きる仲間の打上(祝祭、めでたい式典)ということで、この「ベイチー」に駆けつけたそうだ。

 で、結局「ベイチー」ってなんなんだ。



「何の話だ、加地」

 総島主は、かなり気分を害したらしい。
 祝いの席で、この男は何をしてくれるのだ。いいぞもっとやれ。

「なんもかんもあるけ? 目は口ほどにものを言い、つう倭族の諺、あんたも聞いたことあるやろ」

「加地くん、君までそんなことを言い出す」

「ええやんええやん。お堅い坊さんは黙っとき」

 一方、あの眼光を保持したまま睨みつけられた加地というらしい輔屋形は、まったく動じていない。ついでに、御神にも動じていない。

 諺が間違っているのはともかく、自分が言いたかったことを全面的に代弁してくれたこの男に、児島は早くも一方的な親近感をおぼえつつ、習慣的な用心深さでそれを振り払っていた。
 ひょっとしてこの海賊も、むかし眼光の被害にあっていたのだろうか。


 さて、いつのまにか加地の方にむいていた顔を正面に戻すと、そこには衝撃的な光景があった。

「いやいやもう遅いから」

 容赦のない加地の寸評にも負けず、総島主のガキは表情をなんとか崩そうと奮闘していた。

 まばたきをくり返し、眉間を揉んだあと親指で鼻の上を軽くたたいて、最後に何度かかぶりを振ったあと、正面に向き直る。

「すまなかった。これでいいか?」

 つまり児島に。



 おい、評価俺かよ。

 意外すぎる展開の連続にあわてた児島は、とっさに御神へ目をそらした。
 失礼だとは思ったが、もうそんなことは言っていられない。ここ五年ほど、女性と目を合わせる機会がまったくなかったのだ。うろたえもする。


 さて、このとき彼が総島主を女性扱いしたということは、彼女の対策に効果があった証明なのだが、本人も児島も気づいていない。

 もちろん総島主がどのような表情をしたのか、われわれに知るすべはない。
 しかしその場に座っていた御神篤は、のちに無碍光御文章とよばれるようになる手記のなかで、

「御刀自殿之御顔 棟梁面縁可憐成娘子之夫辺惣変事為
 此乙女之御侍者 真六ヶ敷御役目成哉

 と、略記法の候文にしてもくだけた調子で綴っている。
 少なくとも、総島主が眼光を消し、柔和あるいはそれ以上の顔つきになったのは間違いないだろう。



 しかし、意外な展開は続く。
 むしろ、まさかの展開といっていい。

 御神が児島から、目をそらしたのである。



「ク、クックック」

 左から押し殺した笑い声が聞こえる。
 これはもうだめだと観念して正面に直ると、総島主のガキは年齢相応な呆れ顔になっていた。

「・・・もういい」

「そうそう、平和が一番」


 この小波乱を引き起こした張本人のはずの加地は、今にもケタケタと笑いだしそうな表情だ。
 何がおかしいのか、御神もただにこやかに笑うばかり。
 当の児島にいたっては、わけがわからず結局また自分の世界に引きこもろうとしている。

 周囲の喧騒も減りつつあるし、そろそろ潮時か。





 突然立ち上がった納塔莉の椅子音に、児島はびっくりして顔を上げた。
 こいつはやることなすこと、前触れがないから困る。

「では、祭主の私から、このたびのベイチーについて、客人がたにいささかの説明を加えたい」

 あいかわらず児島をにらみつけたまま、納塔莉は宣言した。





 ベイチーとは、盃吃と書く。

 これだけではなんのことか分からないが、もともとは外来語にそれらしい字を当てたもので、原義は宴会や集会をあらわしているという。
 そんな一般名詞が固有名詞になったのは、南海七十二島でもっとも重要な集会がなにかと問われたとき、誰でもただひとつの答えを導き出すからに他ならない。



 冬至祭。



 冬至とは、いうまでもなく一年で太陽がもっとも低く、昼がもっとも短い日だ。
 逆に言うと、冬至をすぎればだんだん太陽は高くまで上がってゆくし、昼も少しずつだが長くなってゆく。

 つまり冬至祭とは、一度おとろえ死んだ動植物や太陽神が、また春の訪れとともに復活していくことを祝う祭なのだ。

 これだけでも祝い事には十分だが、さらに続きがある。


 冬至の日は、あたりまえだが年によって変動する。

 だが南海七十二島の大部分、とくに他加禄族や宿霧族などでは、実際の冬至がいつかに関係なく、公暦の十二月二五日に盛大な打上をおこなう。
 彼らに共通する宗教の教祖(救世主)がこの世界に降臨したのが、その日だかららしい。


 海の上では人の行き来も比較的自由だ。少なくとも帝國の移動制限はない。

 特に摩洛族などの交易民族が島々の情報を伝えてゆくにつれ、天文を読んでその年の冬至を決めるよりも効率的とされる“救世主の日”推進派は強くなり、南海七十二島の冬至祭は十二月二五日で統一されていった。


 以上のような経緯から、ベイチーには冬至祭、主祭、聖誕祭、降誕会などの別称がある。

 本来はベイチーよりもさらに規模が大きいパスカ(救世主復活祭)という祭があったのだが、「長命ならともかく、一度死んだのちに人間の肉体と精神が復活するなどありえない」として帝國圏に禁令が出たため、南海七十二島が勢力を取り戻したころにはすたれてしまっていた。





「というわけで、冬至の過ぎこしとともに我ら南海七十二島と無言同盟の結束がいよいよ強まり、また一刻も早く帝國を打倒する鉄槌へと昇華せんことを祈って──」

「あんさ、まだ続くの?」


 せいいっぱい格調高くしてみせた観がぬぐえない納塔莉の演説も終盤にさしかかったところで、また加地が茶々を入れた。

 また例の眼光が彼に刺さるが、ふくれっつらでは迫力もなにもない。
 期せずして、あまり広くない会場に笑いの波が生まれた。


 おうおう顔赤い顔赤い。さすがに怒ったか。
 表情を崩さないように苦労して嗤いながら、それでも場の空気が崩れないことに児島は驚いている。

 いや、単にこの冬至祭とやらに自分が呼ばれた理由をまだわかっていない現実から、逃げているだけかもしれないが。


「まあ、理由はそのうち分かるよ」

 涙目の総島主に顔を向けたまま、ぽつりと御神がつぶやいた。
 それが児島に向けられた言葉と本人が気づくまで、数瞬の時が流れる。


「法主、それはいったい」

「とりあえず、今は料理を楽しもう。僕も昔そうしたから」


 そう、言うだけ言いすてて御神は杯を高く掲げ、もう勢いだけで突き進むことにしたらしい納塔莉の号令に従った。



 つまり、誰よりも声をはりあげて





「恭賀聖誕(メリー・クリスマス)!」





 と、異教の神を讃えたのである。





 
 御刀自(総島主)殿のお顔が、棟梁としての顔から可憐な少女の顔へ、たちまちのうちに変わった。
 このお嬢さんにお仕え申し上げるのは、まことに困難な仕事であることだ。








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 顔見せでした。以上。

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