2009年8月11日火曜日

習作その2

とりあえず序章だけは完結させねば。




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 教養所へいそぐ騎兵隊がたてる蹄の音を聞きつけたのか、教養所周辺の住民たちがばたばたと家の鎧戸を閉めてゆく。
 どうやら、彼らは騒ぎに参加しなかったようだ。
 暴動に気づきながら止めようともしなかった者どもには、あとで十分な罰が下されるだろう。とはいえそういう騎兵たちも、住民より先に自分たちが罰される可能性を考えなければならない状況にあった。

 教養所の正門は、開け放たれていた。

 教養所は大きく三つの区画にわけられる。
 東から順に、工廠棟、監理教養棟、監房棟だ。
 正門は監理教養棟の真南に位置しているが、その常になく大きな口をあけた正門のすぐ手前になにかが放置されているのを見て、騎兵のひとりが声をあげた。

「どうした」

 隊長が聞く間もあらばこそ、騎兵は腰の大刀をひっつかみ、そのまま脚だけで馬をしずめて飛びおりた。そのまま正門前のなにかに駆け寄る。
 彼は遠慮なく、そのなにかに松明を突きつけた。

 

「!!」

 何人かが、あげそうになった声を喉に押しもどすのが、隊列の先頭にいる隊長にも聞こえた。
 顔をしかめる。
 部下の未熟さゆえではない。松明に照らし出されたものを見たためだ。
 



 死体は頭を手前側にして、あおむけに倒れていた。
 その服装は、兜のうえの頭巾から沓(布でできた軽い靴)まで黒一色。

 間違いなく、教養所を監理していた黒衣禁衛の兵士だ。

 そして彼がどうやって殺されたかはともかく、どうやって死んだかはすぐにわかる。
 刀傷も矢傷も、もちろん弾傷もないのに、体の前面にあちこち打ち身があって、目、耳、鼻、口の頭の七穴が真っ赤に染まり、頭の周りだけにこれでもかと鮮血がぶちまけられていたのでは、間違えようがない。
 彼は何者かにおそろしい勢いで突きとばされ、その時の内力がこもった打撃か着地の衝撃のどちらかで、あえなく生を終えたのだ。
 よほどの武功と内功を兼ねそなえたものが、ここを襲ったに違いない。

「隊長」

 あまりにおぞましい死体に口元をまげた隊長へ、別の騎兵から低い声がとんだ。

「堀の中にも死体があります」

 身軽な徒士に命令して、隊長は第二の死体を確かめさせた。
 こちらも全身真っ黒のいでたちで、頭をこころもち左側にむけ夜空を見あげるかたちで倒れている。外傷はないが顔の七つの穴から血が噴きだしており、体の正面にあちこち小さな内出血があると報告された。

 彼も交戦中に突きとばされ、内力が暴れだして血を噴いたのち、防壁から外の堀へ転落したのだろう。

 ふとそんなことを考えた隊長は、次の瞬間に肌があわだつのを感じた。





 ではなぜ、死体は「頭を手前側にして、あおむけに」倒れているのか?





 人があおむけに倒れたとき、向いていた方角とは逆に頭が落ちる。
 ということは、二人の兵士たちがまだ生きていたころ、彼らは正門近くや防壁の上で教養所の「内側を」向いていたはずだ。
 そして誰かに「外側へ」はじきだされたのだ。

 さらに、襲撃ののち所内に活動が見られないにもかかわらず、正門前の死体は彼らだけだ。
 つまり。

「侵入した形跡がない、というのか?」

 隊長がつぶやく。
 もちろんその可能性もあるが、先ほどから活躍している若い騎兵が口にした可能性もあった。

「そもそも、侵入しなかったのでは、ないでしょうか」

 それは、誰もが考えたくない可能性。
 だからこそ、誰かが反応する。

「どういうことだ」

「敵は分裂主義集団ではなく、ここの囚人どもだったということも、考えられます」

「はっきり言え」

「ですから・・・所内暴動かもしれません」

 若い騎兵が言いにくそうに発した単語に、何人かの騎兵たちから怒気がふくれあがった。
 隊長も、反射的に右手をあげる。

 軽犯罪を犯しただけで社会復帰の見込みがある囚人は、凶悪犯罪者の送られる労働改造所ではなく、双寺のような労働教養所に収監される。
 これは本来つぐなうべき罪の恩赦であり、世間では天朝の慈悲とうけとめられているので、その労教での暴動というのはもはや死刑にされても文句は言えない、よほどの恩知らずしか実行しないことなのだ。

 だが、隊長はそのまま右手を下ろした。
 今は無駄なことで隊の士気を悪くしたくなかったし、もし実際に所内暴動が起きていたとしても、それは今の異常な静けさや二人の兵士の死に様について、何も説明できていない。
 暴動以上のなにかが、必ずある。





 結論からいえば、正しい見立てをしたのは隊長だった。
 
 すでに全員がなんらかの不信感を覚えた状態で、騎兵隊が教養所に足を踏み入れてみると、正門前のさらに上をいく光景が一面に広がっていた。
 兜と帷子を着こんで得物をもったまま、黒ずくめの骸があちこちに散らばっている。
 収容者と禁衛兵との区別なしに、誰もが体の前面になにか巨大なものをぶつけられ、そのまま吹き飛んで絶命していた。

 禁衛将が詰めている監理教養棟は敷地の北辺に建てられており、正門との間には運動場や講堂がある。
 その運動場をはさむ左右の棟と正門両脇の防壁は、禁衛兵の展示場となっていた。気味が悪いほど例外なくだれもが顔から血を噴出しているが、中には頭蓋が割れてしまったものもいるようだ。
 東から駆けもどってきた徒士によると、工廠棟でも似たような光景が、延々と続いていたという。

 惨状は労教の奥にゆけばゆくほどひどくなっている様子だったので、隊長は正門近くに天幕を張ることにした。
 これから到着するだれかと、そしてもちろん自分たちのためだ。

 酸鼻をきわめる現場に、良い知らせが届いたのは少しあとのことだ。

「隊長、生存者です!」

 西の監房棟から走ってきた徒士が、隊長に息を切らしながら伝える。
 隊長と彼の従者は、すぐ西へ馬を向けた。

 どうやら一連のできごとは、監房棟には及んでいなかったらしい。
 生存者には、特に異常もないそうだ。

 ただ、監房棟にいる収容者のうち数人は、運動場にいたところを必死で逃げこみ、命を拾ったものたちだった。
 彼らから事件を聞いて、他の連中も外に出る勇気がなくなったのだろう。

 さらに市街での騒ぎが大きくなり、とどめに騎兵隊がこちらに向かってきたのを察するにおよんで、彼らに残っていたなけなしの理性は溶け去った。
 今では騎兵たちの説得も聞かず、事態の責任を押しつけられるとひとり決めして、監房に立てこもっている収容者が多いという。

 ひととおり説明を聞いた隊長が、大きなため息をつく。

「収容者はあとまわしだ。これだけ恐ろしい光景をつくったものを見たのだから、多少は錯乱していても仕方あるまい。
 それよりも監理教養棟へ向かったものはどうした。この状況だから棟は無事ですまないだろうが、なんであれ報告があってしかるべきだ」

 隊長が徒士に嘆じたそのとき、折よく北の講堂から、監理教養棟へ向かっていた徒士が走ってきた。
 周囲の叱責も聞こえていないらしく、夜の遠目にもわかるほど体を震わせている。
 隊長の姿を認めると彼は膝からくずおれ、体調の前までにじり寄ってきた。そのまま動かない。

「どうした。報告しろ」

 従者がせかす。

「も、申し上げます。
 ええ、監理教養棟の壁一面に、血文字が・・・」

「なんだと!」

 そこまで聞いて、隊長は誰より早く馬にとびのった。頭を北に向ける。
 北へ進むにつれて左にみえる講堂の窓や扉が破られる度合いをたかめ、またその付近にある死体すべてが頭を南にしてあおむけに倒れていることに寒気を覚えつつ、彼は半壊した監理教養棟の南壁を見た。

 道を一本はさんですぐ建てられている講堂に徒士が何人か登り、松明で対壁を照らしている。燈火の色は月光とあいまって、見るものに嫌悪感を与える。

 労教にふさわしい、くすんだ灰色に塗られた監理教養棟の南壁は、塗料の剥げ以上に場ちがいな色で染められていた。
 壁面に刻み込まれたような細い黒赤の墨が、血痕淋漓と全体を覆っていたのである。
 韻も律もない、それどころか漢語ですらないそれは、しかし戦慄を覚えずにはいられない。

 隊長は思わず、声に出して現地語の雄たけびを読み上げていた。



「証文類、いまや門徒に還る。
 好機なれば、奥義にて奸賊を討たん。
 天罰を騙る我を赦したまえ。
 南無尽十方無碍光如来。
   佐原顕真 絶筆」



 赤い満月が、雲間に消えた。




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ともあれ、ここまで。

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