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床に落ちて、目が覚めた。
頭の方から、みょうに生暖かい風が吹きこんでくる。
携帯のサブディスプレイの光で目が痛い。
耳元で打撃音。
あわてて首だけ左に向けると、そこに置いてある本棚が、俺に向かってゆっくり傾いてきていた。
ぎゃっ。
と、悲鳴をあげられたなら、まだいい。
そのときの俺のセリフは、むりやり文字にすれば
「ずずずずあっぜあ」
だいたいこんな感じ。
滑舌がわるいと、上のように緊急時に奇声があがります。気をつけよう。
さて、慌てて枕の方へ後ずさり、引っ込めるのが遅れた左足の小指に文庫本の角を喰らったりしながらも、なんとか襲いくる本棚から逃げた俺は、その向かい側にあったベッドに目をむけた。
さっきまで、俺はその上に寝ていたはずなのだ。
が。
次の瞬間に逃れたはずの本棚と正面衝突した俺は、さらに次の瞬間には背後の網戸とベランダの安っぽいプラスチック板を突きやぶり、五メートルほど下で待っているはずの駐車場へと頭から落ちていった。
お隣さんのベランダから降ってくる物干し竿を見て、空中で俺が思ったこと。
──地震速報仕事しろ。
という夢を見た。
目が覚めたらベッドから落ちていた、なんてベタなことはなく、普通に暑苦しくて目が開いた。
枕元の携帯を開くと、時刻は午前七時一五分。
やべ、ちと寝坊した。
とりあえず空気が重いので、エアコンで今月最後の除湿を入れる。
どうせ二〇分ほどで切るけど、暑いのは苦手ですし。
廊下の冷蔵庫からとろけるチーズと食パンをとりだし、その上のトースターに入れてタイマーを3分にセット、機会がじいじい唸っている間に部屋へとってかえす。
さっさと着替えて、二週間は止めたままの洗濯機に汚れ物をほうりこむ。
それはそれで嫌だが、部屋に放置よりましだ。
チーズトーストを腹に収め、カーゴパンツに財布、ガマグチ、携帯を突っ込み、エアコンを止めてデイパックをしょって、帽子をひっかけ部屋を出る。
ついでに扉の暗証番号を変え、さあ出発。
神奈川の実家まで、九時間ちょっとの道中だ。
NHKスペシャルの「シルクロード」を見て将来の進路を決めたというと、みんな俺をかわいそうなひと扱いする。
でも、実際そうなんだからしょうがない。
というわけで、俺は中央アジア研究では日本トップクラスの(でも総合評価では中の下あたりの)大学に入った。
関西の。
遠いです。ええ。
下宿です。当然。
まさか里帰りしないわけにもいかない。
はるか遠く、福島から来ている同回生だっているのだ。
それに比べれば、東京を通らない分だけ楽ってもんですよ。いやホント。
さて、俺は車もないし免許もない。
夜行バスや夜行列車はもう満席、さりとて新幹線で往復する金もない。
そこで学生の友「青春18きっぷ」だけを買い、東海道線を乗りついで神奈川に帰ることにした。
もちろん一日仕事。
九時間ちょっとの道中なのだ。
幸い、近畿・中京圏には、たよれる新快速というものがある。
大きな都市の中心駅しか停まらないので、いったん乗りこんでしまえば、乗りつぎのパターンによっては三時間半で豊橋に着いてしまうという、まったくありがたい電車だ。
今回もうまく新快をつかまえて、昼ごろには名鉄特急をながめつつ豊橋駅のホームを踏むことができた。
浜松行きの発射時刻をみてから、立ち食いで昼食。カレーうどんで腹を満たす。
さて、問題はここからだ。
やったことがある人や、時刻表を見たことがある人は分かると思うのだが、豊橋から熱海までを電車で横断するのはとてもつらい。
精神的に。
県内オール鈍行。ここだけで三時間かかります。
県知事、のぞみ停車とかいいから快速走らせろよ快速。
もし遠州を横断したい人がいたら、悪いことはいわん、車かバイクを使え。JRには期待しない方がいい。
さすがに平日は連絡しているらしく、数分おくれて浜松に着いた俺たち乗客を、乗りつぎの興津行きは待っていてくれた。
ここから一時間半、興津に着くまでやることがない。
興津に着いたら、また熱海行きに乗りつぎだ。
日中を電車にゆられつづけていた俺は、迷わず座席で居眠りをきめこんだ。
だから、異変に気づいたのは、コトが終わった後だった。
いや、勘弁してください。
新快は人の出入りが多いから、あれでけっこう疲れるんですよ。
さらに平日昼間、ガラガラの普通電車、といういい感じに寝やすい環境が俺を待っていたわけで、多少深く眠ってしまったのは許していただきたいですハイ。
どやどやと、高校時代に聞きなれた音。
なにかで表面加工された電車の床を、たくさんの靴がたたく音だ。
抱えたデイパックに乗せていた頭を上げて、周りを見る。
俺と似たような格好の人たちが、それぞれ何かしゃべりつつ電車を降りていた。どうやら、もう終点の興津に着いたらしい。
大荷物の人たちは、途中駅で新幹線から乗りかえたんだろう。
誰もが不機嫌そうに、ときどき語気を荒げたりしている。
「まったく、いったい何んだ」
「たった数駅じゃない」
「しゃーねえ、バスでも使おうぜ」
好き勝手に言いながら、ホームに出ていく。
運よく席に座っていた人たちも、残らず出る空気だ。
なんだ、どうした?
そんなよくある疑問文が頭に浮かんだ瞬間、耳障りなキーン音とともに駅の放送が入った。
「えー、お客様にご案内申し上げます。
午後二時三十分ごろ、風芽丘~安国間におきまして、線路内に障害物が発見されました関係で、現在島田~興津間で全面的に運転を見合わせております。
それに伴い、この電車も当駅止まりとさせていただきます。
お客様には大変ご迷惑をおかけいたしますことを、深くお詫び申しあげます。
えー、くりかえしご案内申し上げます・・・」
全部止まったのか、これは面倒だな。
つか、今どこなんだ。うまくいけばバスかなんかと乗り換えがきくかも。
急がんと。
そんなことを放送を聞きつつ考えていた俺は、あわてて車外へ出ようとする人の列に加わった。
しかし、現実は残酷である。
ホームの「運転見合わせ」しか書いていない行先表示板にため息をつき、時刻表とともに掲げられた路線図へ視線をうつしたところで、俺は口をぽかんと開けた。
県とおなじ名前だったはずの駅。
新幹線も、ひかりまでは停まるはずの駅。
そして、太い線でかこまれ、今ここですよと示されている駅。
そこには、聞いたこともない名が記されていた。
「 う み な り 」
と。
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続いたらごめんなさい。
電波が降りてきたのでカッとなってやった。今は反省している。

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