「今夜の、または今夜出たネタを使って、短編を上げること」
というわけで、いってみましょう。見切り発車オーライ、HAHAHA。
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錨が投げおろされるよりも早く、船着き場に三人の男たちが足をつけた。
三人とも潮にさらされた長い髪を後ろにまとめ、甚平や踏籠袴に半着といった、動きやすい格好をしている。
風になびく半着のすきまから、日に焼けてよくひきしまった筋肉が見えていた。
「名城へようこそ、八幡のかたがた」
頬かむりに半着、裾をまとめた山袴という農夫ふうの男が、彼らを出迎える。三人のうち先頭を歩いていた男が、かるく手をあげてこれに応えた。
「おう、久しいのお義八」
「まったくお久しぶりです、藍原師伯。
洞主もおまちかねでございます。そちらのお二人は?」
「ああ、こいつは瀬戸衆の青野屋形、こっちが近習の仁左衛門や」
先頭の男──藍原は、自らの左右に続いている男たちを紹介した。
左にいた青野が脇にたらしていた右手の指をまっすぐにのばし、そのまま垂直に眉の横までもってくる。細長い箱をささげもっているせいで両手がふさがっていた右の仁左衛門は、ただ会釈した。
「これは、ご高名はかねがね」
義八とよばれた農夫ふうの男は、本心からそう答えた。
武辺者のあいだでこうしたやりとりがあるとき、つねに「ご高名は~」と返すのが礼儀だが、今このときはそうではない。
青野は瀬戸内の官軍をたたき出したことで、仁左衛門は青野の下につけられ偽情報の洪水をつくりだしたことで、義八のみならずその太師たちにまで名を知られている。もちろん二人とも、自身の武芸とて怠りない。
そして、彼らが藍原とともにやってくることは、最初から義八も承知していた。先ほどの質問は、形式的なものにすぎない。
つまり、なにも異常はないはずなのだ。
奇怪なのは、いずれ劣らぬ海の勇士であり、めったなことでは表情をかえることもない彼ら三人が一様に顔をくもらせ、仁左衛門などはほとんどしかめ面と言ってよい表情になっていることだった。
疑念をふくらませつつも、義八は近くで合掌していた若者をよぶ。
彼に何ごとか申しつけてから、義八は三人の男たちに顔をむけた。
「では御三人様、こちらの高橋が町までご案内いたします。
開会は夜更けを予定しておりますれば」
「応」
またかるく手をふって応えた藍原を見送り、「南無阿弥陀仏」と唱えて三人の先導をはじめた若者に目配せをしてから、義八は次々と上陸してきた矢倉船の船員たちに向きなおり、そこで気づいた。
考えてみれば。
天下の往還八幡の輔屋形が、矢倉一隻だけでこそこそ名城湊にやってくる時点で、何かがおかしいと思うべきだったのだ。
帝國によれば、扶桑の島じまは中華を慕って、みずから倍達に服したらしい。
そして倍達は、扶桑のような豊かな国を自分たちだけで独りじめするのは畏れ多いとして、これを帝國に献上したのだという。
もちろん、これは天朝が布告した内容にそった話だ。つまり帝國のどこからも、この説話にたいする文句は出てこない。
文句は出てこないが、それとはべつに扶桑は倭族のものだ。
そう思った人びとは、たがいに連絡を取りあって、ときには一同に会して、自分たちの生活を守ることにした。
これが、無言同盟のはじまりである。
「で、だ。
今回、暦を反故にして、お前さんらを無理やりかきあつめた理由なんだが」
その無言同盟の加判衆が、月のないこの夜、名城のとある館に集っていた。
館といっても要するに崩れていない屋敷ということであり、六人の男女が三人ずつ、向かいあわせに足を崩している座布団の下は、もはや黒くなった古畳である。
「そこよ。
いったい高麗どもの目に、いちばん敏感なのは八幡屋じゃあないか。
それがどうしたことなんだい?」
ただ、はじめから参加者たちが、その予定を決めていたわけではない。
どころか、その存在を予期していたわけでもない。
「同事」
「おかげでうちは、宿場をひとつやられちまったよ。
それだけの話なんだろうね?」
むしろ、加判のひとりである藍原が、なりふりかまわず使いを走らせて強引に開会を決めたものといってもよかった。
当然だれもが、扶桑のすみずみから集まるために荒事の二つ三つをくぐりぬけてきている。
「やめなせえ、先輩がた!
今回の騒ぎじゃ、誰もかれも何かしらの傷をつくってるんだ。
わめきなさんな、あとで落とし前をつけさせりゃすむことで」
「ほざくんじゃないよ若造が。
故府がいくら泣いたところで、春日屋のあんたは痛くもかゆくもないじゃないか!」
「おっと一条姐さん、そいつは聞き捨てなりませんねえ・・・」
であるからして。
まあ、このように、小さな行灯の光にゆらめく加判たちの顔が殺気立っているのも、無理はないことであった。
むしろ殺気立っているのは、藍原の背後にひかえる仁左衛門かもしれないが。
だが。
「そのへんにしときぃな」
声とともに空気を破ったのは、パンパンとよく通る破裂音。
拍手である。
音の主をもとめて、十個のくろい目が上座にむかった。そこにいるのは──
「とにかく、信さんの話を聞いてみましょ。
みんながどうするかは、そのあと考えてもええやろ」
腰までの黒髪。
平時にはけっして開かれない瞼。
良人を失ってから彼女の目印となった黒留袖。
近江河内洞と無言同盟の主をかねる、後藤愛奈であった。
鶴の一声。
表だって彼女に文句を言える者など、この場にいるわけがない。
彼女は盲目ではなく、単に内力を発しないために目を閉じているだけと知っていれば、なおさらのことだ。
一瞬で空気が凍りつく部屋に、すきとおった彼女の声だけがこだまする。
「信さん、お話は短く頼んます」
「応。悪いな」
盟主にもなれなれしい態度を崩さない藍原は、しかし次の瞬間、ふざけた態度をかなぐり捨てて声をしぼり出した。
「真仙丹の行方がわかった」
ズッ、と。
身を乗り出したのは、果たして誰か、いや何人であったか。
「・・・こいつは、宿場がどうのと言っていられなくなったね」
「まったく。これこそ聞き捨てなりませんや」
先ほどまで言い争っていたふたりも、目つきをとがらせる。
藍原にではなく、彼の発した言葉に対してだ。
「その仙丹は、今どこにありますのん?」
心なしか、後藤の反応もどこか装ったふうが見える。
その彼女に顔をむけて、藍原は答えた。
「長江のどっかや。南海七十二島の手先が言うてよこしたから間違いない。
先月、崋山に安国軍が攻撃をかける直前に、女がひとり下山を許されたそうや。その女が、仙丹を孕んでるとみてええやろ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
声が上がる。
見れば、今まで無言を保ってきた黒い袈裟の男であった。
「どうしなすった、法主」
「話を聞いていて、少し気になったんだけどね。
もしかすると、君の後ろにいる彼が捧げ持っているのは・・・」
そこまで聞いて、場がざわめき始めた。藍原は頭をかく。
「しゃあねえ、法主に隠し事はでけへんなあ。
お察しの通りで。こいつは孫六重兵衛や」
今度こそ、空気が凍りついた。
「きさま、何を考えとるのだ!」
我に返ってまっさきに怒鳴りちらしたのは、老齢の男。
暗い中でも、紋が染め抜かれた羽織を着ているのだとすぐにわかる。
「いまや唯一となった御神代を、なんと心得る!
きさまのことだ、どうせ御動座の儀もろくろくやっておらんに違いない。どういう了見で御神刀を動かしたか、返答次第ではただおかんぞ!」
暗闇にもあきらかなその怒気を、しかし藍原は鼻で笑って受け流す。
「時代錯誤もええ加減にせえよ、じいさん。
いま大事なのは、この錆びたボロ刀を高麗のガキどもに渡さんこと、それとこの場でみんながまとまること。
ちゃうんか?」
老人が目を見開く。悔しそうに歯を鳴らすが、それ以上の反論ができない。
当たり前だ。
彼の従者が捧げもっているその刀に関していえば、藍原のせりふは何も間違っていないのだから。
そんな老爺をよそに、藍原はあごをしゃくった。
仁左衛門が進み出て、全員に見える位置に細長い箱をおく。
不安定な明かりによるものではなく、彼ら自身の先入観の賜物ではあるが、彼らは例外なく、その箱の中身に言いしれぬ怖れを抱いていた。
恐怖と畏怖の、その両方である。
そんな中、ひとり藍原のみ元気がいい。
「てなわけで、誰か知らんけどこいつの相方を、早よう見つけなあかんな」
「どういうことだ」
「とにかく、同盟にいまできることは、こいつを扱えるやつをとにかく探しだして、仙丹に立ち向かえるようにすること。これに尽きるわけや。
なんせ、アレがまっさきに落ちるのはこの扶桑や。使い手が鬼若の力をじゅうぶんに引きだせな、たったひとつの切り札も海の藻屑やからな」
藍原が続けた言葉に、しかし疑問をもつ女がふたり。
「待ちな、八幡屋。
あんたさっきから仙丹仙丹うるさいけれど、いったいどうしてそこまで焦るんだい。
だいたい、仙丹が今すぐ扶桑に来ると決まったわけじゃなし、落ち着いて対策を練ろうじゃないか」
「そうでんな。まだ何か、言わなあかんことがあんのと違う?」
一条と後藤の追及に、藍原はにこやかに答えた。
「なんで焦ってンのか?
そら、仙丹呑んだ女が、こっち向こうて来とるからに決まってまんがな」
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ちょっと厨二っぽく。
こんなことなら、あのときもっと別のネタを出していればよかった。
