2010年3月28日日曜日

習作その9 両方知ってる人なら一度はやった妄想

第一話シリーズ。
続きません。



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「しっかりおしっ!」

 耳元に響く、いろいろな感情をまぜこぜにした怒声。

「あんたは人を守るために、お給金もらってるんじゃないのかい?
 いま、何千、何万って人が困ってる。
 ここでがんばらないで、いつがんばるんだい!」



 ああ。
 かなわない。

 何十年たっても、この人は昔のまんまだ。
 そして死ぬときにも、誰にも何も言わないで、ぽっくり逝ってしまうんだろう。
 それはそれで、いい迷惑だというのに。


 空調すら止まり、パソコンの放熱で外よりさらに暑くなっている窓のない一室で、彼は汗をぬぐう手をとめて苦笑せざるを得なかった。

 時々いるのだ。
 まわりのことを考えてはいるが、のっぴきならない状況のときには、それらすべてをかなぐりすてて行動する人が。
 いい意味でも、悪い意味でも。



「そりゃ、アンタと良ちゃんじゃ、馬は合わないだろうさ。
 でも今は縄張りなんて関係ないじゃないか。あっちにはさっき、きつく言っておいてやったから!」



 そして、これだ。

 自分はともかく、いま“良ちゃん”と呼ばれた男はとうに還暦をすぎているのだが、そんなことは彼女には関係ないらしい。
 まあもっとも、たいていの人は彼女より若いのだが、

 しかしこの非常時に、わざわざ法を犯してまで回線に割り込まれては、



「そこまで言われちゃ、しかたない」



 と、言うしかないではないか。



「最初からそう言えばいいんだよ。
 自分が偉くなったと勘違いした悪ガキほど、始末が悪いものはないね」



 たとえ、叱責しか帰ってこないと分かっていても。



「相変わらず手厳しい。
 ですがね、私たちの仕事は、足より指を使った方が早いんですよ。
 お孫さんがこちらにいてくれればよかったんですが──
 いえ、これ以上は見苦しいので、このへんで」

「ああ、早くおし。
 老人の長電話につきあってる暇はないんだろ」

「それがそうでも。
 理一くんに劣るとはいえ、ウチの部下はそれなりに優秀ですし、

 なにより、あなたのお電話を無下にはできませんよ。





 ──よりによって、陣内先生のお出ましとくればね」






 






  ――西暦2015年7月 日本国 神奈川県 海老名市



 目覚めてからもたっぷり1分、手足が動こうとしなかった。



 よくない傾向だと、自分でもわかる。

 とはいえ、分かったからどうなるものでもない。
 夢──将来に対するそれではなく、寝る時の夢──というやつは、理性ではどうしようもない場合が多いのだ。

 ならば、受け入れるよりないではないか。


 そう。
 彼こと高橋時寛は、ここ数週間というもの、絶望的に夢見が悪いのだった。



 笑い事ではない。
 とくに彼の仕事と今の日本を考えたとき、どうみても大丈夫ではなかった。

 2年前に誰も得るものなく終わった“動乱”の後始末はいっこうにゴールがみえず、高橋の職場はつねに人手を欲している。
 とくに、一時占領を受けた沖縄と九州北部は、まず情報通信網から作り直さねばならないありさまだった。
 そんな状況で、サブチーフの彼が倒れてはたまらない。

 もっとも、チーフが倒れるよりはマシという言い方もある。
 そして、だからこそ彼は、きょう内閣府で行われるなんだかよくわからない会合に出席することになっていた。



 いや、まぁ。


 あいかわらず暑苦しい布団の中で、カーテンの隙間からさしこむ曙光に目を細めながら、高橋はつぶやいた。



 なんだかよくわからないのは、うちの職場も同じか。





 「いっこらせ」

 チームの後輩から「ジジくせっス」と直接的に表現されたかけ声とともに、高橋は起き上がった。
 直せといわれているが、もう癖なのでしかたない。

 いつも通り、押し入れから手探りで服を探しつつ、着替えを開始する。
 部屋に干してあったワイシャツとちょうど手元にあったネクタイを両手で引ったくり、スーツから消臭剤をとりはずして身につければ、外見だけは社会人のできあがりだ。
 これまたいつも通り、姿見の前にいった高橋は、そこで硬直した。



 姿見の真後ろにかけられた、アナログ式の時計。
 その短針は、はっきりと文字盤の「7」をさしていた。



 出勤時間を、すぎている。









 
 総務省は、2001年4月に発足した。

 その源流は、悪名高い内務省だ。
 戦後に分割をうけるが、2001年の省庁再編で生まれ変わり、総務省となる。

 2010年の政府縮小では、地方自治や情報通信などを扱っていたためか、奇跡的に部局廃止をまぬがれた。
 さらに東アジア動乱後の国民運動政権で行われた行政機関の大合併で、いわゆる“大内務省”が復活する。




 そして今、息を切らせて小田急ロマンスカーから走り出てきた高橋時寛は、

「お久しぶりです」
「へ?」

 その総務省の、情報通信担当政策統括官付き企画官であった。



「陣内さん?」
「ええ、高橋さんもですか」
「いや、“もですか”と言われても、何がなにやら」


 地下鉄構内といえど、暑いものは暑い。
 湿ったハンカチ右手にしゃべりながら、二人は国会議事堂前駅の改札を抜ける。


「高橋さん、情報通信対策会議に出席されるんでしょう?」
「そうですが、まさか陣内さんも?」
「ええ。内情に出向して以来ですが、机を並べるかもしれません」


 ホームでばったり出会って以来、なにか秘密を共有する相手のように話しかけてくる、色黒の男を少しだけ見上げながら、高橋は黙りこんだ。

 彼を見るたびに、いつも思う。


 無駄のない筋肉。健康的な日焼け。精悍な顔立ち。涼しげな目元。
 どこをとっても、いい男としか言いようがない。

 自衛隊の広報関係者がネタにしないのは、大いなる怠慢だ。



 陣内理一1等陸尉は、そういう男だった。





 ただ、ここに高橋個人の評価が加わると、事情が変わってくる。


「となると・・・OZ関係ですか?」


 いささかの用心深さをこめて、理一に訊ねる。
 それだけの必要がある相手に、必要があることを聞いていた。

「ああ、OZ関係の事務は総務省が握ってましたね」
「いえ、だからってわけじゃないですが」

 セクショナリスト扱いされて焦る高橋と、相変わらずにこやかに笑う理一。
 駅から上がる階段出口、地上からさすギラギラの朝日が似合う男だ。
 ああ、関係ないな。
 



 OZ。
 世界最大の会員制バーチャルネットワークである。



 アカウントごとのアバターから、ネットゲームまで。
 電子メールから、大手通信社の報道まで。
 アバターの衣装から、本物の高級マンションまで。

 インターネット上で操作・配信・売買できるものすべてがとびかうこの仮想空間は、同時にそれらすべてを妨害できる場でもあった。
 5年前の夏には米軍のAIにセキュリティ系をのっとられ、とばっちりで日本の小惑星探査衛星「あらわし」が墜落している。
 サンプル容器だけは守られ、反対派を落胆させたのが不幸中の幸いだ。

 あれからOZも過度のシステム統合はひかえているが、信頼は大きく失った。

 特に、トラブル続きのなか地球帰還までこぎつけながら、ミッション終了直前に「あらわし」を墜とされたJAXAと文部科学省の怒りは激しい。
 動乱時にGPSが使えず悲鳴をあげた防衛省や国土交通省とともに、日本独自の情報ネットワーク規格まで提案していた。
 ──もちろん、財務省とアメリカの反対でつぶれたが。



 しかし。


「今回は、別件のようです」


 五百年つづく名家出身の陸自幹部は、日光をさけるビル影でそれを否定した。


「・・・そいつはオオゴトだ」
「ええ」
 思わず、高橋の顔がゆがむ。


 自衛隊のご他聞にもれず、一般には知られていないが、理一も高橋と同じ境遇だった。
 つまり、所属をきけば明快な答えが返ってくるが、結局

 “なんだかよくわからない”

 部署で仕事をしているのだ。


 そして、彼がむかし高橋とともに内情──情報庁へ出向していた頃のままだとすると、その職務は「OZ対策」という一言につきる。
 さらに言えば、謎の部署にいる人間が他の省庁に出張ってきながら、開かれる会議の内容を知らないようなそぶりだ。
 これが演技でなければ、別の可能性が見えてくる。



 つまり、
 OZあるいは日本の情報通信網に関する事案で、
 総務省に任せるには重すぎ、
 かといって内閣府だけでは解決できない、

 そんなバカげた重大情報が、官邸に持ち込まれたのだろう。



「そういえば、今回の会議には外務省が噛んでいるとか」

 やっと考えがまとまったところで、また理一が口を開いた。
 彼がこんなにしゃべるのは珍しい。
 理一にしても、思うところがあるのだろうか。

「私も聞きました。
 ですが、OZ以外で外務省の出る幕というのも、おかしな話では」
「省レベルでの関与ではないでしょう。
 今回の議題についての専門家が、たまたま入省していたとか」
「まあ何にしろ、ここまで内容が秘密なのも珍しいですね」
「まったく」

 そうぼやけるまで、精神が回復していることに気づく。
 時間がたつにつれ厳しさをます暑さも、あまり気にならなくなっていた。

 隣を歩く理一に礼を言うべきか迷いつつ、ようやく気を落ち着けた高橋は、内閣府庁舎へと足を踏み入れた。










 “陣内先生”──陣内栄は、2010年7月31日に亡くなった。



 享年89歳。卒寿の誕生日を目前に控えた、大往生であった。

 突然の訃報に、驚いた人は少なくない。
 その前日には、OZセキュリティ乗っ取りで大混乱する公共情報網を立て直すため、関係各方面に“電話で”檄を飛ばしたばかりだったのだ。
 実際、彼女の誕生会兼葬儀に集まった人々の中には「一昨日電話をいただいたのに・・・」とこぼす面々もかなりいた。


 かくいう自分、内閣情報通信管理センター所長の山木満雄も、そのひとりだ。


 客観的に見てもまだ壮年と呼べる年齢だが、あの老人には勝てない。
 勝てなかった、ではない。
 自分がこれからどれだけ長生きしようと、ああはなれない確信があった。



 だが、彼女のような人材は今こそ必要なのだ。


 OZ事件で何もしなかった内閣が崩れたのはいいとしよう。
 しかし、その後の動乱で日本全体が右傾化し、無駄な世代交代が起きた。

 結果として、残ったのは新進気鋭といえば聞こえはいいものの、要するに場数を踏んでいない若者のみ。
 もちろん、山木の世代が政治の舞台に立てるのはいいことだが。


 くわえて、今のような状況になる。



 山木は、自分が座長のような立場にある会議の陣容を見て、ひそかにため息をついた。


「結局、何が始まるんだか」
「今の内閣は、言うとこと言わんとこ分けてるはずなんだがな」
「だいたいこの集まり、何について話すのかさっぱりだ」


 事前連絡のない、かなり失礼な形をとった召集とはいえ、何が話し合われるか程度は推測してもらわないと困るのだ。
 議事進行に不可欠な、そういったことすらできていない。
 今回の議題は、OZではないにしろ、かなり有名なのに。

 まあいい。
 あとで、政府が振興している個人情報端末にがんばってもらおう。
 その点については自信がある。
 情報漏洩を考えずに端末を使えるようにしたのは、自分たちなのだから。



 さて、そろそろ開会するか。
 肝はすわっている方だが、いいかげん総務省の若造の目つきが怖い。

 発表者の方も、用意が終わるようだ。確認しておこう。
 資料はそろったかね?
 プロジェクター準備いいか?
 ところで、その髪型はどうにか──いや、言うだけ無駄かな。


 では、始めよう。





「──ええ、本日進行を務めます、内調管理センターの山木と申します。
 今回、実務の皆様にお集まりいただいた理由は、大きくふたつになります。

 ひとつは、これは総務省管轄ですが、OZネットワーク。
 これがふたつめの問題とからんだ場合、関係各省が緊密に連携をとりあって対策を講ずる必要がありますことから、召集させていただきました。





 そして、もうひとつ。

 最近OZとの直接交流が確認された、
 デジタルワールド、およびデジタルモンスターへの抜本的対策です。





 ではまず、外務省国際情報交流室の八神より、報告があります。
 太一君、よろしく頼むよ」





 注:
 情報庁の通称。「内閣情報庁」の略から。
 情報庁は内閣府の外局で、内閣の政策にかんする国内外の情報を収集する機関。
 傘下に内閣緊急情報集約センター、内閣人工衛星情報センター、内閣情報通信管理センターがある。

 架空の機関。
 現存する内閣の情報機関については、「内閣情報調査室」を参照。









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 というわけで、SW&WGでした。
 妄想乙。以上。